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第一章 合縁奇縁
第八話 遅刻です
しおりを挟む思い出すのは、大きな手のひら。
私が頷いたら、はたして彼はどうしたんだろう。冥界に留まるとは、いったいどういう意味なのか。閻魔大王様の考えることなんて、凡人の私には到底理解が及ばず。
(………そんなに食いしん坊に見えたかね)
たしかに八角が作った角煮の味は知りたいけど。
だからと言って、あの時に「お願いします」と言える勇気はなかったし、冥界に留まるだなんて有り得ない。第一、こっちの世界の私はどうなるの。
ぼうっと湯船に浸かっていたからか、気付くと湯の温度はかなり下がっていた。慌てて赤いシールが貼られた方の蛇口を捻る。
なにぶん古い家なので、この家にはお湯張り機能や追い焚き機能など無い。つい数年前までは薪で風呂を沸かしていたというから驚きだ。
新幹線も通らない地方の片田舎。
この家で生まれた母はずっと都会での暮らしに憧れていて、娘の私が就職してもう戻って来ないことを知ると、意気揚々と父を連れて家を出た。当時、祖母と母との間でいざこざがあったとは聞いていないけれど、すでに高齢だった祖父母がそれを良く思ったかと言われると……
(そんなわけないよねぇ、)
ちゃぷん、と音を立てて顔を沈める。
長めの冬休みも今日で七日目。
昨日は青鬼と一緒に閻魔が使う笏を仕入れに行った。冥界のことは相変わらずよく分からないけれど、想像するよりずっと現代的な生活を彼らは送っている。
黄鬼がビデオカメラを持っていたのもそうだし、どうやら時々人間界から落ちて来る物品を彼らは楽しみに取っているようだった。赤鬼のパンツからカビた食パンが出てきた時は流石に叫んだけど。
「あぁ~~極楽、極楽っと!」
今日は年内に終わらせたかった墓周りの掃除も済んだし、こうして日が暮れる前にお風呂に入ってスッキリ出来るのは気分が良い。夕食は適当にインスタント麺でも食べて、のんびりコタツでゴロゴロしようかな……
(………ん?)
今日は七日目。
昨日は青鬼の手伝いをしたけど、今日は何をしたっけ。
というか、今日の私は冥界へ行ったっけ?
「いや、行ってないでしょう……!!」
慌てて湯船から飛び出す。
タオルを身体に巻いたままでスーツケースまで走った。パジャマでお邪魔は流石に避けるべき。何か、何か無難な格好をして。化粧……はもういいや、とにかく時間がない。
二十四時間以内に現れないと、と閻魔は言っていた。
毎日だいたい夕刻に出向いていたけど、今日は外で作業していたのもあってウッカリ忘れてしまったのだ。
バタバタと服を着て、慌ただしくドライヤーを済ませて仏壇の後ろへ回る。我ながら何をしているのか分からない。こうまでして私は地獄行きを防ぎたいのだろうか?
もちろん、防ぎたいんだけども。
「………遅い」
案の定、出迎えてくれた閻魔は不機嫌そうだった。
「お風呂を…というか、お墓の掃除を……!」
「ほう。ちんたら風呂に入ってたのか?この俺が汗水垂らして働いている間に?」
「閻魔様、私のこれって無賃労働ですよね!?」
圧を掛けてくるから言い返してみたけれど「まぁな」というサラッとした肯定の言葉を受け取って終わった。
汗水垂らしてなんて言うけど、私はこの一週間で彼が汗をかいている姿は一度も見ていない。
「今日も鬼さんたちの手伝いですか?」
「………いや、」
私に目を遣って少し考える素振りを見せた後、閻魔は「冥殿に行って仕事があるか聞け」と言った。
昨日会った時に青鬼はここ数日の激務っぷりを教えてくれたけれど、私は彼らの手伝いをしなくて良いのだろうか。気掛かりではあったが、閻魔直々に冥殿行きを命じたので従うほかない。
のこのこと訪問した冥殿の入り口で、案内役の人間に私は閻魔の命令で来たことを伝える。
冥界で出会う人間のような見た目をした者たちは皆、白い狐の反面を着けていた。面を着けていないのは冥殿で働く八角や閻魔を取り囲う女たちぐらいだ。下っ端は顔を見せてはいけないルールでもあるのだろうか。
相変わらず言葉を返さない案内役はコクンと一つ頷いて、フラフラと敷地の中へと入って行く。置いて行かれないように私は慌ててその後を追った。
◆お知らせ
登場人物が増えてきたので人物紹介を追加します。
未登場のキャラクターを含むのでお気をつけください。
よろしくお願いいたします。
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