3 / 53
第一章 合縁奇縁
第二話 人違いです
しおりを挟む「よ……よめいり…?」
たどたどしく聞き返す私の隣で赤鬼コスプレ男は「ああ!そういえばそんな時期ですね」と手を叩く。
全くもって話についていけないし、どうやら誰も私に説明してくれる気配もないので、勇気を出して声を出してみた。
「すみません、たぶん人違いなんですが……」
「ん?」
「私は祖母の家の掃除をしていたら変な押入れを見付けてしまって…中へ入ったらここへ繋がっていたので」
「まぁ、嫁入りしてきた娘たちは大抵最初はこういう錯乱状態にありますからね。閻魔様のご尊顔を拝まれてちょっと取り乱しているんでしょうな!」
赤鬼男がウンウンと頷きながら話している間、閻魔と呼ばれた男はジッと私を見ていた。
真っ赤な髪に炎のような赤い双眼。
閻魔といったらアレだろうか。あの、人間が死んだ後に天国行きか地獄行きかを生前の行いをもとに裁くとかいう、審判的なやつ?
もしかして私は頭を強打した時に死んだってこと?
え、あれぐらいで死ぬの?
「えっと……私って死んだんですか?」
「どうだかな。おい、赤鬼…見てやれ」
「了解っす。こっち向いたままで、ハイ、笑ってー」
写真を撮るようなポーズで指を組み合わせるから、思わず引き攣った笑みを向けてしまった。笑う必要あった?
「あ、生きてますね。まだ生モノです」
「マジか。なんで冥界に来てるんだ?とりあえず極楽に送っとくか?」
「いやいや、生きてる人間を送ったらあっちも迷惑ですよぉ。もう一回、人間界に返すべきでは?」
生モノとか送るとか、人を魚みたいに例えていったい彼らは何を協議しているのだろう。冥界と極楽という言葉からして、ここは死後の世界と言われれば納得する。
私は何かの手違いで、死後の世界へ落ちてしまったのかもしれない。それはそれで面白いけれど、あまりに突然過ぎるし、旧家の掃除は終わっていないから今日は帰りたいのだけれど。
「あの……返していただければ助かります」
「ほら、本人もこう言ってますし」
「冥界に来たことをこの女が戻って喋る可能性もあるんじゃないか?頭が軽そうな感じがするぞ」
「じゃあ舌でも抜いときますか?ペンチどこでしたっけ」
ゴソゴソとトラ柄パンツの中を漁る赤鬼男を見て、私は慌てて声を張り上げた。
「喋りません!他言しません、一切!」
「怪しいな。契約するか?」
「け…けいやく?」
守備よく紙と筆を差し出す赤鬼男に頷き、閻魔はスラスラと達筆で何かを書き下ろした。
学生時代に古文・漢文の成績が思わしくなかった私はその連なる文字が読み解けない。というか、そもそもこれは日本語なのだろうか。
「ほい。捺印しろ」
「なんて書いてあるんですか?」
「お前はこれから毎日冥界に通うこと。時間は問わないが、二十四時間以内に来なければ、お前の魂を死後地獄に送る」
「恐喝……!?こんな馬鹿げた世界のこと誰にも話しませんし、話したところで正気を疑われるだけなんですけど!」
「お前、名前はなんて言うんだ?」
「一条小春です。……じゃなくて、閻魔様!」
抗議を申し立てる私の手を取って、閻魔はそのままカプッと噛み付いた。痛がるも気にする様子はなく、流れる血を朱肉にして契約書に押し付けられる。
「いったぁ……!?」
「よし…これで契約完了だな。喜べよ、赤鬼。お前らの雑用係が入ったぞ。こき使ってやれ」
「青鬼と黄鬼にも共有しておくんで!いやぁ、ぶっちゃけ最近業務回ってなかったんで感謝っす」
ペコペコと頭を下げて赤鬼はその場を去った。
残された閻魔と二人、私はしっかりと歯形の付いた自分の指を摩りながら長身の閻魔を睨み付ける。いや、睨もうとしたんだけどジロッと見下ろす三白眼が怖すぎてすぐに目を逸らしたことを認めます。
「小春、と言ったか?地獄がどんな場所か教えてやろうか」
「ありがとうございます、結構です」
「地獄は八つの層に分かれていてな、一番下から順に無間地獄、大焦熱、焦熱、大叫喚、叫喚、衆合、黒縄、等活…といった具合に重なっている」
「あのぅ…知りたいわけではないのですが……」
「犯した罪の重さで行く先は決まる。八大地獄の中で最も軽いのが等活地獄だが…ここでは、鉄の爪が生えた者同士が引っ掻き合って喧嘩をするんだ。血肉が飛び散り、骨だけになってもまた再生して戦う。小春は何年耐えられるかな?」
「来ます!明日からちゃんと通いますから!他言もしませんし、赤鬼さんの言うことも聞くので、どうか…!どうか死後地獄行きだけは……!」
「っふ、分かったなら良い。また明日な」
そう言って閻魔は、手に持った笏で私の背中を叩いた。
ハッとして目を開けると、見慣れた天井がある。
畳の上で何時間眠っていたのか、外はもう暗くなっていた。
10
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる