契約違反です、閻魔様!

おのまとぺ

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第一章 合縁奇縁

第二話 人違いです

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「よ……よめいり…?」

 たどたどしく聞き返す私の隣で赤鬼コスプレ男は「ああ!そういえばそんな時期ですね」と手を叩く。

 全くもって話についていけないし、どうやら誰も私に説明してくれる気配もないので、勇気を出して声を出してみた。


「すみません、たぶん人違いなんですが……」
「ん?」
「私は祖母の家の掃除をしていたら変な押入れを見付けてしまって…中へ入ったらここへ繋がっていたので」
「まぁ、嫁入りしてきた娘たちは大抵最初はこういう錯乱状態にありますからね。閻魔様のご尊顔を拝まれてちょっと取り乱しているんでしょうな!」

 赤鬼男がウンウンと頷きながら話している間、閻魔と呼ばれた男はジッと私を見ていた。

 真っ赤な髪に炎のような赤い双眼。
 閻魔といったらアレだろうか。あの、人間が死んだ後に天国行きか地獄行きかを生前の行いをもとに裁くとかいう、審判的なやつ?

 もしかして私は頭を強打した時に死んだってこと?
 え、あれぐらいで死ぬの?


「えっと……私って死んだんですか?」
「どうだかな。おい、赤鬼…見てやれ」
「了解っす。こっち向いたままで、ハイ、笑ってー」

 写真を撮るようなポーズで指を組み合わせるから、思わず引き攣った笑みを向けてしまった。笑う必要あった?

「あ、生きてますね。まだ生モノです」
「マジか。なんで冥界に来てるんだ?とりあえず極楽に送っとくか?」
「いやいや、生きてる人間を送ったらあっちも迷惑ですよぉ。もう一回、人間界に返すべきでは?」

 生モノとか送るとか、人を魚みたいに例えていったい彼らは何を協議しているのだろう。冥界と極楽という言葉からして、ここは死後の世界と言われれば納得する。

 私は何かの手違いで、死後の世界へ落ちてしまったのかもしれない。それはそれで面白いけれど、あまりに突然過ぎるし、旧家の掃除は終わっていないから今日は帰りたいのだけれど。

「あの……返していただければ助かります」
「ほら、本人もこう言ってますし」
「冥界に来たことをこの女が戻って喋る可能性もあるんじゃないか?頭が軽そうな感じがするぞ」
「じゃあ舌でも抜いときますか?ペンチどこでしたっけ」

 ゴソゴソとトラ柄パンツの中を漁る赤鬼男を見て、私は慌てて声を張り上げた。

「喋りません!他言しません、一切!」
「怪しいな。契約するか?」
「け…けいやく?」

 守備よく紙と筆を差し出す赤鬼男に頷き、閻魔はスラスラと達筆で何かを書き下ろした。

 学生時代に古文・漢文の成績が思わしくなかった私はその連なる文字が読み解けない。というか、そもそもこれは日本語なのだろうか。

「ほい。捺印しろ」
「なんて書いてあるんですか?」
「お前はこれから毎日冥界に通うこと。時間は問わないが、二十四時間以内に来なければ、お前の魂を死後地獄に送る」
「恐喝……!?こんな馬鹿げた世界のこと誰にも話しませんし、話したところで正気を疑われるだけなんですけど!」
「お前、名前はなんて言うんだ?」
一条小春いちじょうこはるです。……じゃなくて、閻魔様!」

 抗議を申し立てる私の手を取って、閻魔はそのままカプッと噛み付いた。痛がるも気にする様子はなく、流れる血を朱肉にして契約書に押し付けられる。

「いったぁ……!?」
「よし…これで契約完了だな。喜べよ、赤鬼。お前らの雑用係が入ったぞ。こき使ってやれ」
「青鬼と黄鬼にも共有しておくんで!いやぁ、ぶっちゃけ最近業務回ってなかったんで感謝っす」

 ペコペコと頭を下げて赤鬼はその場を去った。

 残された閻魔と二人、私はしっかりと歯形の付いた自分の指を摩りながら長身の閻魔を睨み付ける。いや、睨もうとしたんだけどジロッと見下ろす三白眼が怖すぎてすぐに目を逸らしたことを認めます。

「小春、と言ったか?地獄がどんな場所か教えてやろうか」
「ありがとうございます、結構です」
「地獄は八つの層に分かれていてな、一番下から順に無間地獄、大焦熱、焦熱、大叫喚、叫喚、衆合しゅごう黒縄こくじょう、等活…といった具合に重なっている」
「あのぅ…知りたいわけではないのですが……」
「犯した罪の重さで行く先は決まる。八大地獄の中で最も軽いのが等活地獄だが…ここでは、鉄の爪が生えた者同士が引っ掻き合って喧嘩をするんだ。血肉が飛び散り、骨だけになってもまた再生して戦う。小春は何年耐えられるかな?」
「来ます!明日からちゃんと通いますから!他言もしませんし、赤鬼さんの言うことも聞くので、どうか…!どうか死後地獄行きだけは……!」
「っふ、分かったなら良い。また明日な」

 そう言って閻魔は、手に持ったしゃくで私の背中を叩いた。

 ハッとして目を開けると、見慣れた天井がある。
 畳の上で何時間眠っていたのか、外はもう暗くなっていた。


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