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【番外編】青い壁2
しおりを挟む一方その頃、マリー・ガーランドは友人であるシンシアの家で白桃のコンポートを突いていた。
比較的近い場所にあるシンシアの家へはしょっちゅう出入りしているため、今日も運転手の申し出を断って散歩がてらに歩いて来たのだ。
「………あぁ、どうしよう。やっぱり勇気が出ないわ」
「マリーったら大丈夫よ!貴女の夫はネイトなのよ?そんなにウジウジしなくてもきっと分かってくれる」
「もう少し黙っていても良いかしら?あと三ヶ月ぐらいはバレない気がするんだけど」
「お馬鹿さんね。そんなに簡単な話じゃないのよ。二人で話し合うべきだわ。うちの店の秘伝のスープのレシピを賭けても良いけど、絶対に彼は喜ぶはず」
大喜びで一週間は仕事にならないでしょうね、と真面目な顔で言って退けるシンシアを見てマリーは笑った。
「でも、不安なの……このまま上手くいくか分からないし、もしも……」
「そんなのみんな同じよ!最後の最後までドキドキしっぱなしなんだから。今のうちにネイトに伝えて、せっかくの嬉しいニュースを二人で祝いなさいよ」
腕を腰に当ててドーンと構えるシンシアの後ろでは、彼女によく似た黒髪の三つ子が走り回っている。三つ子の一人が机に激突して、コンポートが入っていたガラスの器を床に落としたのを見て、マリーは自分がそろそろ退散するべきだと察した。
「ごめんなさい。いつも話を聞いてもらって……」
「友達でしょう?当然よ。女はそういう生き物だもの」
また今度は私の話も聞いてね、とシンシアはマリーにそっと耳打ちをする。その様子を受けて、二階から降りて来た彼女の夫が訝しむように眉を上げるのが見えた。
笑顔で手を振るシンシアたちに別れを告げて、太陽が照らす道に踏み出す。ガーランド家の当主は、いったいどんな反応を見せるのだろう。
マリーは知らず知らずのうちに、お腹に手を当てて頬を緩めた。
◇◇◇
「ネイト……話があるの」
「俺もだ。勝手ながら先に始めても良いかい?」
意を決してガーランド伯爵家に戻ったところ、出迎えてくれたネイトは、マリーよりも緊張した面持ちをしていた。誰かの口から事情が漏れたのではないかと、心臓が跳ね上がる。
「えっ?えぇ、もちろん……」
「今朝君が居なくなっていて、色々と考えてみたんだ。自分の行いであったり、君のストレスになりそうなことを」
「ストレス……?」
「ああ。最近うちの母親が訪ねて来ただろう?君と二人でお茶をしたいなんて言って二時間ほど出掛けたけど、あれって実際はかなり嫌だったんじゃないか?」
「そんなまさか!」
マリーは思わず大きな声を上げる。
ネイトの両親は王都から東へ少し進んだところにある丘の麓に住んでいて、月に一度ほどルーコックを訪れる。口数は少ないけれど、相手を安心させる優しい言葉遣いにマリーはとても好感を抱いていた。
「勘違いだわ、私は二人のことが大好きなのに…!」
「そうなの?てっきりそういうのが疲れたのかと、」
「違うの。今日シンシアの家に相談に行ったのは、その…えっと……別件で」
「夜寝るときに窓側かどうかで揉めたこと?べつに俺は気にしないよ。君が隣に居ればどっちでも良いし」
「違うってば、赤ちゃんが出来たの!」
とんちんかんな話を展開するネイトに痺れを切らしてついマリーは口を滑らした。
あんなに何回も慎重に話そうと選んだ言葉がすべて消えて、ただ一つの真実が溢れる。それと同時に、ブワッと改めて不安が込み上げて涙が溢れた。
「………っ、ごめんなさい…ちゃんと育つか分からない。ぬか喜びしても……悲しいことになるかも、」
「本当に?」
ネイトは驚いた顔でマリーを見ていた。
大きな手が涙に濡れる頬を包み込む。
ボロボロと泣きながら、様々な感情が胸の内にごった返していた。小さな希望の他にも不安や心配、恐怖など。目を開けることも恐ろしくて、挟まれた手の中で涙を流す。
「どうしよう……最高の気分だ」
「………え?」
「マリー、俺たちはついに家族になるんだよ!男の子かな?女の子かな?君に似た可愛い顔だと良いけど、俺みたいに落ち着きがないと困るなぁ…」
「ネイト……?」
「君が告白を受け入れてくれた時、もうこれ以上に幸せなことはないと思った。だけどさ、またこんなに嬉しくて堪らない気持ちになってる」
マリーは俺を喜ばせる天才だよ、とニコニコ笑う夫の姿を見て、涙の膜が張った目を見開く。
どうしたって弛んだ涙腺はもとに戻りそうもなく、ネイトの腕の中でマリーはしばらく涙を流し続けた。結婚して一年、受け取ってきた愛は胸の内に柔らかな雪のように積もっている。
「廊下に青い壁紙が貼ってあるだろう?」
「……? ええ、」
「屋敷に越して来た時は何を飾れば良いか分からなかったんだ。絵を愛でる気分でもなかったし、何かを見せびらかしたいとも思えなかった」
そこで言葉を切って、ネイトはマリーのお腹に顔を近付ける。服の上から遠慮がちに撫でると口付けを落とした。
「今は、外に向かって大声で言いたいよ。俺は世界一の幸せ者だってね。あの壁が写真や肖像画で溢れるのもきっと時間の問題だな」
「………貴方ったら、本当に…」
マリーはキラキラと輝く青い瞳を見下ろして、愛しい人を抱き締めた。
強く吹き込んだ風が二人の頬を撫でる。
ガーランド伯爵家の夫婦は互いの顔を見て笑い合った。
End.
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