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【番外編】青い壁1
しおりを挟む鳥のさえずりが合唱を奏でる爽やかな朝。
屋敷の主人であるネイト・ガーランドは隣で眠っているはずの妻が居なくなっていることに気付いた。それは初めてのことで、いつもであれば、自分よりも朝に弱いマリーが起きてくるまでは彼女の寝顔をゆっくりと眺める特別な時間となっていた。
(…………?)
首を傾げながらベッドから起き上がり、部屋の中を歩き回ってみる。
何処かに隠れていたり、ベッドから落ちて床で眠っているというわけではなさそうだ。屋敷の中を歩く際にマリーが身に付けるショールは昨日椅子の背もたれに掛かっていたはずだけど、今はそこに無い。
嫌な予感を感じながら、メイド長のゾフィーを呼んだ。
すぐに茶色い髪を三つ編みにした女が顔を出す。
「いかがなさいましたか。旦那様?」
「マリーを見なかったか?朝起きたら居ないんだ」
「あ……」
明らかに何か知っている顔になったゾフィーは、困ったように目を泳がせる。その素振りを見て、どうやら妻は自分に内緒で行動を開始したのだと悟った。
「何処へ行ったかだけ教えてもらっても?」
「えっと…シンシア様のところです」
「シンシア?どうして?」
「それは、ですね……」
言いにくそうにゴニョゴニョと言葉を濁すゾフィーを前にネイトは首を傾げた。
シンシアとは、ルーコックの領内にある飲み屋の店員だ。料理の腕前も愛想もピカイチに良いからマリーもネイトもその店を贔屓にしていて、マリーは女たちの会と称して月一で領内の婦人たちと会合を開催しているらしい。「貴方は絶対に来ないで」という強い牽制を受けているから、ネイトがその内容を知ることはないのだが。
「彼女は何か言っていた?」
「いいえ。ただ、昼までには戻ると」
壁に掛かった時計を見遣る。
短い針はまだ七時を回ったところだ。
こんな早い時間からマリーはシンシアの家でいったい何をしていると言うのだろう。気になるには気になるけれど、彼女にも息抜きが必要なことは理解している。
「ゾフィー、俺とマリーの関係をどう思う?」
「………良好だと思います」
「彼女は嫌がってるように見えない?」
「そう見えるなら旦那様は眼科に行くべきでしょう」
まだ若いうちからメイド長という大役を担っているためか、ゾフィーには貫禄に似たものが身に付いてきた。またまたご冗談を、と呆れた顔でネイトに水を差し出す。
「マリー様…奥様は幸せそうですよ。今まで見てきたから分かります。現状は、心も身体もとても健康です」
「じゃあどうして出て行ったんだろうか……」
「ご自分の行いを振り返って、可能性を考えてみてください。女性の心は繊細ですから」
「………?」
それ以上アドバイスを与えるつもりはないのか、ゾフィーはテキパキとベッド周りを片付けて部屋を去った。
一人になった寝室で、ネイトは頭を捻る。
マリーが過去に夫婦関係で辛い思いをしていたことを知っているからこそ、常に彼女を気遣ってきたつもりだった。身勝手な愛を押し付けないように気を付けて、どんな時もマリーの声に耳を傾けるよう努めた。
何か不満があったのだろうか?
もうゾフィーの援助は受けられそうにない。
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