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第三章 二人の冷戦編

60.王子は目を覚ます【N side】

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目が覚めたら真っ白い病室に一人だった。

枕元には丸いテーブルが置かれており、花瓶には小さな青い花が生けられている。先ほどまで誰か居たのか、開かれっぱなしの本も置いてあった。窓から入った風がパラパラとページを捲ると、挟まっていた栞が床に落ちた。

「………っ」

手を伸ばして拾おうとしたところ、右腕に強い痛みを感じた。目をやると腕にはキツく包帯を巻かれている。試しに動かそうと力を入れたが、酷い痛みが生じただけでビクともしなかった。

刺された傷跡は筋肉まで達していたのだろうか。だとしたら、治るまで思ったより時間が掛かりそうだ。疲れた身体に鞭打って、西部へ向かう列車の途中からカーラを抱えて王都まで戻り、南部へ送り届けたことが祟ったのかもしれない。夜遅くに帰宅して、リゼッタと話したことは覚えているが、その後自分がどのように今の状況に至ったのかは思い出せなかった。


「あら、起きてたんだ?」

遠慮なく開けられたドアの隙間から顔を覗かせたのは、リゼッタの侍女であるヴィラだった。たくさんのフルーツが入ったカゴを手に持ち、部屋へ入って来る。

「どうせ寝てるだろうと思ってノックしなかったわ、ごめんなさい。リゼッタもさっきまで居たのよ」

謝罪の言葉を述べながらもまったく詫びた様子は見せずに部屋の隅にある椅子を引っ張って来ると、ヴィラはカゴから林檎を取り出して剥き出した。

「悪いけど食欲はない」
「貴方にじゃないわ。リゼッタが食べたいと言っていたから持って来たのよ」
「……何時間眠ってた?」
「正確には知らないけど、この部屋に移って来たのは三日前ぐらいかしら」
「三日?」

慌てて聞き返すと、それがどうしたと言った様子で平然と頷きながら、ヴィラは長く連なった林檎の皮を紙袋に入れて捨てた。意外にも器用な彼女の一面は、普段の言動と掛け離れていて良いと思う。

三日も眠ってたという事実に驚いた。家に帰った時、既にかなり限界が近かったということだろうか。シルヴィアの助言を受けて、早くリゼッタと話をしたい一心で帰宅したが、とっくに日付も変わった真夜中に彼女を起こすのも非常識だと思って自分の部屋へ戻った。その後、彼女自身が来てくれて無事に話は出来たのだけれど。


「ヴィラ、男の涙ってどう思う?」
「キモい」

明瞭かつストレートな回答に絶句した。

「まさかだけど、ノア、貴方は泣いてリゼッタに赦されようと思ったの?」
「べつにそういう姑息な考えからじゃない」
「彼女、強くなったわよ。驚くでしょうね」
「……そうだね」
「どこかの無法者な王子様がしっかりしないから、自分でなんとかするしかないって思ったのよ」

剥いた林檎をシャリシャリと齧りながら、ツンとした態度でヴィラは話し続ける。

物怖じせずに発言するこの強気な彼女と、恋愛に関しては奥手な自分の友人は案外お似合いなのかもしれないと頭の奥でぼんやり考えた。ヴィラがウィリアムをリードすれば二人は上手く恋人としてやっていけそうだ。

その時、遠慮がちなノックの音がしてリゼッタが姿を現した。


「ノア!目が覚めたんですね…!」

ほっとしたような顔に涙を浮かべるリゼッタが入ってくるとヴィラはその耳元で何か囁いて部屋を出て行く。

椅子に座りこちらを見つめるリゼッタの柔らかな視線を、真っ直ぐに受け止めた。窓の外からは鳥の鳴き声がして、静かな時間が流れる。どんな言葉も、もう必要ない気がした。

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