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第三章 二人の冷戦編
50.リゼッタは交流する
しおりを挟むシャンパンの泡が舌の上で溶ける。
上機嫌で皿の上に食べ物を乗せるヴィラの隣で私は部屋の中に目を走らせていた。宮殿でノアと過ごしていた間、私は外部との交流など一切持たなかったので、社交界に知り合いなど皆無だ。招待状が届くぐらいだから、ノア自身はそれなりの付き合いがあるのだろうけれど。
このまま、誰からも話し掛けられなかったらヴィラと二人で食べ物を堪能して帰ろうと自分を慰めていたら、若い二人組の男が近付いて来た。いかにも、という派手なスーツに自信満々の笑顔。げんなりした顔で皿を机に置くヴィラの様子を見て苦笑してしまった。ウィリアムという想い人がいる彼女をこんな場に連れて来てしまったのは酷かもしれない。
「美しいお嬢さん方、お名前を伺っても?」
「こんばんは。リズとヴィーです」
差し出された手を取りながら私は微笑んだ。さすがに自分の名前をそのまま出すことは躊躇したので咄嗟に吐いた嘘だったが、男は何の違和感も抱かないようだった。
「僕の名前はオーギュスト。今日は僕の主催した舞踏会に来てくれてありがとう。こんな綺麗な女性たちに招待状を送った覚えがないけれど、誰かの知り合いかな?」
「ええ。今日は王太子殿下の友人として来ました。ごめんなさい、彼が参加できないと聞いて…」
「ああ!ノアの友人か!」
あらかじめ用意していた内容を伝えると、オーギュスト・ベルナールは顔をクシャクシャにして嬉しそうな顔をした。
「どうりで美人なはずだ。噂ではノアは婚約したなんて聞いたけれど、君たちも彼が婚約して失意のうちに新しいパートナーを探しに来た口かな?」
曖昧に笑うと、どうやら肯定と取ってくれたようでオーギュストは目を輝かせたまま私の手を握る右手に力を込めた。彼の隣ではその友人がヴィラから見事にスルーされている。彼女の熱い心は今や完全に料理に向いているようだった。
「ノアも随分と付き合いが悪くなったよ。昔はこういった集まりにもよく顔を出していたが、今じゃ人が変わったように家で愛の巣作りに没頭さ」
「……そうでしょうか?」
「君も知ってるだろう?俺たち仲間内にも紹介してくれないんだ、人妻を寝とったかとんでもない醜女に引っかかったんじゃないかって噂されてるよ」
「それはちょっと不本意ですけど…」
思わず口を突いて出た呟きは、陽気なオーギュストの笑い声に掻き消された。私は溜め息を吐いてヴィラと目を見合わせる。大きな肉の塊をフォークで突きながら、彼女自身も暇を持て余しているようだった。
貴族たちの会話が色恋や権力に関連したつまらない話に留まるということは概ね理解していたけれど、それにしても少しガッカリした。気分が明るくなるような面白い話は何かないかと周囲の会話に耳を澄ませていると、自分から興味が離れたことを悟ったのか、オーギュストが慌てたように口を開いた。
「ノアと言えば、最近どうやら服役を終えたエレン・ロベスピエールが騒いでるらしいね。あいつも昔はノアとつるんでただろう?」
「……エレン?」
「なんでも反王党派を集めて悪巧みしてるらしい。良いビジネスだって酒場で話してたのを聞いた知り合いが居る」
「ビジネスって?」
「要は反王党派を偽って紛れ込んで、奴らを鼓舞して、良いように事を進める振りして金を巻き上げてるんだよ」
「何ですかそれ…詐欺じゃないですか!?」
驚いて声を荒げてしまった。
オーギュストは面食らった顔をした後で、マジマジと私の顔を見つめる。立場上こういった話に積極的に介入するのは良くないと反省し、大きな声を出したことを詫びた。
ノアはこの事実を知っているのだろうか。
彼の渾身の謝罪すら、仕組まれた演劇の一部だと。
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