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第二章 シルヴィアの店編
35.王子は推し量る【N side】
しおりを挟む目が覚めると、見慣れたいつもの天井があった。
いつもと違うのは固く縛られたこの二本の腕ぐらいだろうか。徐々に鮮明になってくる意識の中で目をやると、どうやら足首も麻紐で固定されているようだった。
「君にこんな趣味があるとは知らなかったな」
傍らに座ってこちらを見下ろす女に言った。カーラは口元に微笑みを残したままシーツの上に手を突いて、軽々とその身を自分の腰の上に下ろす。重みで軋むベッドの音を聞きながら、どうするべきかと思考した。
「ふふ…おはよう、ノア様。良い目覚めでしょう?」
「そうだね。こんなに良い女に縛られて俺は幸せ者だ」
「……余裕ぶるのは上手ね」
一瞬浮かんだ苛立ちをすぐに隠して、拗ねた顔を作る。
「意地悪なノア様。早朝に来たのは正解だったみたい。夜はいつも鍵を掛けて寝ているでしょう?」
「すまないね、リゼッタと眠っていた時の癖なんだ」
それは本当。彼女と寝室を共にしていた時は、行為の最中に邪魔が入ると面倒なので、夜間は常に部屋に鍵を掛けていた。もっとも、使用人は皆、暗黙の了解を心得ていたのでそんな命知らずはそもそも居なかったのだが。
カーラは呆れたように目をぐるりと回すと、その柔らかな手をシャツの中に差し入れた。腹からゆっくりと上に向かって這うように登ってくる手の動きに、思わず息が漏れる。
「好きなんですね、こういうの」
「……ああ、男を知らない風には見えないな」
「やだぁ~カーラは正真正銘の純潔ですっ」
ヴィラが見たら張り手が飛んで来そうな仕草でプンプンと怒り狂う彼女のわざとらしい姿を見て笑ってしまった。こうなるまで気付かなかったことからすると、なかなかの名演技だったのかもしれない。もしくは自分が単なる間抜けか。
「君の望みは何?」
「カーラはノア様に抱いて欲しいだけですよ?」
「そうなんだ。じゃあ、手足を自由にしてほしいね。その方がもっと君を満足させることができる」
「それは難しいお願いですぅ」
「…どうして?」
「あともう少しで私が依頼して忍び込んでもらった記者さんが来ますから。表向きには婚約者の居る王子様の不貞の事実、スキャンダラスですよねっ?」
カーラはキャッと声を上げて両頬を押さえた。
王族としてはあるまじきことだが、アルカディア王国の王子として、長年に渡って滅多に人前に姿を見せずにここまで来た。放任主義な国王夫妻も国政への参加を強く促してこなかったし、遊び回る息子に対してそもそも期待など皆無だったのかもしれない。
しかし、そんな名ばかりの王族である自分といえど、婚約者が居る身で他の女と致していたとなると大いに反感を買うだろう。国王であるオリオンへも波紋は及ぶかもしれない。
「なるほど、それは結構困るね。でも、こんな縛られた状態で君が馬乗りになったところで、良い絵面とは言えない」
「……上手く修正は入れてもらうつもりよ」
「どうかな。もう少し近付いてくれれば、それっぽく見えるように振る舞うよ」
「縄は解きません。その手には乗らない」
「カーラ、縄はこのままで良い。俺は何もできないから、あと少しだけ、その可愛い顔を寄せて」
不服そうに毒突いてカーラは身を屈めた。さらりと金色の髪が頬に掛かる。男に媚びた態度を捨てたのか、高慢さを宿した瞳を見ながら唇を重ねた。
「……っん!…あ、ん」
舌を絡めると女らしい声を上げる彼女の役者魂に頭の中で拍手を送りつつ、思いっきり頭突きすると面食らったような顔で身体を引いた。
「な、なに…?」
両腕がベッドに固定されていなかったことは幸いだろう。粘膜が切れたのか、鼻血を流して呆然とするカーラの頭目掛けて肘を振り下ろした。倒れ込んできた華奢な身体を肩で受け止めて、縛られた腕をよくよく観察する。玄人とは言い難い雑な結びは、自分の力でも何とか解くことはできそうだ。
大丈夫、状況はそんなに悪くはない。
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