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第二章 シルヴィアの店編

33.リゼッタは口紅を選ぶ

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シャワーを浴びて、濡れた髪を乾かす。
どんな服を着て行こうと考えたけれど、私が持っている服はすべてノアが買い与えたもの。彼の選んだ服を着て彼ではない他の男とデートをすることは、酷く背徳感がある。

薄く化粧をした上で口元だけはキリッとした赤い口紅を塗った。ぽやんとした女だと思われないようにしたい。以前ヴィラが言っていたのだ、口紅はその日のなりたい自分をイメージして選べば良いと。

白い清楚系なワンピースと悩んだけれど、ここも強めで黒のノースリーブのワンピースにした。膝丈なので短すぎることもないし、胸元に少しレースがあしらわれているので子供っぽくも見られないはず。

最後に鏡台の鏡の前で全身をチェックして、階下に降りて行った。今日はシルヴィアと朝ごはんを食べる約束をしている。


「まぁ!どこの女優さんかと思ったわ!」

目を丸くしたシルヴィアは大袈裟に褒めて出迎えた。

「エレンさんの好みが分からなかったので、私の気分で決めちゃいました。少しイメージと違うでしょうか?」
「ううん。全然ありよ~男を魅了する女って感じ!」

親指を突き出してそんなことを言う。シルヴィアと並んで卵を焼きながら、小さなやかんで湯を沸かした。

手際の良いシルヴィアは私が来るまでにもう二品ほど作ってしまっていて、私は鍋からする良い匂いで胸がいっぱいになった。白いスープにはチーズが入っているのか、少しとろみが付いていて美味しそうだ。

「でも、こんなことを言うと変だけど、その口紅の色はデートというよりは戦闘に行くみたいね」
「え?」
「セクシーだけれど、挑戦的だわ。彼に敵意でも?」
「そんなことないです…!」

敵意だなんて、そんな。私はいったい誰に挑みたいというのだろう。まさか、デートに誘ってくれたエレンが如何に紳士的な態度を見せてくれるか試すために?それとも弱い自分自身を払拭しようとしている?

いいえ、本当は分かっている。

「私…きっと婚約者に認められたかったんです。記憶が失くても彼に良い女だって思われたかった。もう一度惚れ直してほしいとまでは言わないけど、手放したくないと思ってほしかった」

私がこの姿を見せたかったのは、他ではないノア自身。震える声で一気に言い切ると、シルヴィアは流していた水を止めてこちらに向き直った。

「リゼッタ、貴女まだ…」
「本当に未練がましいですよね…すみません」
「いいのよ。でも、そんな気持ちでエレンとデートしても辛いだけじゃないの?」
「不誠実だって分かっています。けれど、こうでもしないと足を踏み出せない……」

思い出にしがみつく心を、無理矢理にでも他の場所へ連れて行く必要がある。今すぐ好きになることが出来なくても、私は優しいエレン相手だともう少し深い仲になれる気がしていた。

将来的には、彼のことを愛したいと思えた。


「分かったわ。エレンもうちに来る客の中ではまともな方よ。飲んだくれの掃き溜めみたな場所だけど、あの子は正義感もあって気が利く」
「そうですね…本当に救われています」
「貴女たちが上手くいくと嬉しい。応援しているから」

力強く頷くシルヴィアに背中をバシンッと叩かれて、私は笑ってしまった。喝を入れられた背中をさすりながら、二人でまた食事の準備に戻る。

今日はもうノアのことを考えない。
何度も何度も、念じるように心に刻む。






◆ご連絡

感想に返事が追い付いておらず、すみません。少しずつですがお返事はさせていただきます。皆様のご意見は真摯に受け止めつつ進めたい思います。

ノアには絶対に反省させるので、そちらは暫しお待ちください…
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