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第二章 シルヴィアの店編
28.王子は雨に濡れる【N side】
しおりを挟む「悪いね~エレン!試作品のサングリアを飲ませ過ぎちゃったのよ。あまりに美味しくてさ」
「俺が居ないと大変だったよ。二階に運ぶ?」
「そうね、ベッドの上に寝かしてあげて」
二、三歩進んで顔を上げた男と目が合った。騒がしい音が一瞬だけ遠ざかるような感覚。時間が止まるとはこういった状態を言うのだろうか。
少し長めの髪を一つに結んだ金髪の男は、驚きの後に僅かな嫌悪を見せた後、すぐに笑顔を作った。それは自分がよく使う他人に向けた表面的な笑顔。
「どこの誰かと思えば、珍しいね。カラスは一緒じゃないのか?」
「帰ったよ。正解だろうな、お前に会わずに済んだから」
エレン・ロベスピエールは表情を崩さずに背中に乗ったリゼッタを担ぎ直した。カラスとはつまりウィリアムのことで、黒い服を好んで着る彼のことを皮肉ってエレンはそう呼んでいた。
昔の遊び仲間にこんなところで会うとは。しかも探し回っていたリゼッタは何故か、彼の背に身を預けて眠っているときた。早く連れて帰りたいと焦る気持ちを何とか理性で抑えつけて、エレンの目を見る。
「彼女のことを運んでくれてありがとう。もう十分だ、こちらに渡してもらおうか」
「何を言っているんだ?」
「リゼッタは俺の婚約者だ。手を離してくれ」
ポカンとした顔をした後、エレンは笑い出した。
「ノア、彼女の王子様が本当に王子様だったことには驚いたよ。だけどお前、婚約破棄されたんだろう?」
「お前には関係ないことだ」
「関係大アリだね。俺は日曜に彼女とデートするんだ」
邪魔しないでくれよ、と言いながら店の中を進んで階段に足を乗せる。その後ろ姿を追い掛けようと手を伸ばしたら、カウンターからシルヴィアの声が飛んで来た。
「そっとしてあげて…!」
思わず振り返ってそちらを見る。先ほどの会話が聞こえていたのかは定かではないが、シルヴィアは恐れを浮かべた表情で口を半開きにしたまま、こちらを見ていた。
「ごめんなさい。貴方たちのことに部外者が口を挟むのはどうかと思うけれど……彼女から話は聞いたわ」
ブレスレットをした左腕を摩りながら、シルヴィアは目を伏せて言いにくそうに続ける。そうしている間に、階段付近に居たエレンとリゼッタの姿は消えていた。
リゼッタは自分との間に起きたことをどう語ったのだろうか。今まで一度も自分には見せたことがない、憎しみや恨みのような感情も吐露したのだろうか。
「今すぐ会えないなら外で待ちます」
「雨が降っているわ!また出直して、」
「僕はこの二週間あまり、ずっとリゼッタを探していました。このまま帰るわけにはいかない」
「ちょっと…!」
シルヴィアの声を聞きながら、酒代をカウンターに残して店を出た。来る時は小雨だった雨も本降りに変わっていて、早々に帰宅した友人はつくづく正しかったと再認識する。
しかし、リゼッタを見つけることは出来た。
あとは数分もしくは数時間後に目覚めて店から出てきた彼女に誠心誠意の謝罪をして、赦しを請うだけ。簡単な話ではないことは分かっているが、見通しの悪い霧の中を彷徨うように、彼女の姿を探し求めるよりは幾分かマシに思えた。
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