上 下
24 / 68
第二章 シルヴィアの店編

21.リゼッタは語る

しおりを挟む


エレンとシルヴィアはそれぞれ四杯目のビールに入っていた。私は早々にそのビール祭りからリタイアして、ちびちびと果実酒を舐めている。あまりお酒に強い方ではないと理解しているので、初めての場で初めての人たちと飲む場合はセーブすべきだと思った。

シルヴィアは自家製のオリーブの塩漬けを冷蔵庫から出しながら、また新しいビールの瓶を手に持っている。


「リゼッタ!飲んでる~!?」
「はい。ありがとうございます…!」
「今日は貴女の就職祝いよ!婚約破棄したクソ男のことなんて忘れて、明るく飲み明かしましょう!」
「………あはは」

曖昧な笑顔を作って応えていると、隣に座るエレンがグイッとこちらに顔を寄せて来る。

「え、婚約破棄されちゃったの?」
「あ……いえ、されたというより自分から…」
「自分から?意外だなぁ、よほど嫌な男だったんだね」
「そういうわけでは…」
「君みたいな優しそうな女の子が自分から婚約を破棄するなんてよっぽどだよ。きっと男に原因がある」

正直あまり楽しい話ではなく、続けたいとも思えなかったので、私はシルヴィアに何か新しい話題を提供してほしかったが、見上げた彼女は会計に追われていた。

仕方がないので興味津々のエレンに向き直る。

「…どっちが良い悪いの話ではありません。ただ、私たちは合わなかったんです。私は彼を憎みたくないですし」
「そう思うことはストレスじゃない…?」
「ストレス?」
「相手を責めないって美徳だけど、心を偽るのは自分にとって良くないよ。たまには思いっきり吐き出すべきだ」

エレンの手が机の上に置いた私の左手の上に重なった。

「よかったら聞かせてくれない?こんな穏やかな女性に、厳しい決断を強いたその男の話」
「………、」
「無理にとは言わない。話すことで少しは救われるかなと思ったから…」
「……わかりました」

私はポツリポツリとこの二週間ほどの間に起こった出来事を彼に語った。エレンはこちらを見つめたまま、相槌を打ったりしながら話に耳を傾けてくれた。

「なるほど…」

話を聞き終わったエレンは、まばらになった店内の客を見渡しながら息を吐く。その眉間には皺が寄っていて、彼が私の経験談を聞いて快く思っていないことを表していた。

「随分と辛い思いをしてきたんだね」
「……どうでしょうね」
「話を聞く限り、その彼は自分のことを王様か何かだと思っているような振る舞いだね」

ブフッと飲んでいたお酒で咽せた。
ノアが王族であることは勿論伏せて話したけども、的確な例えでドキドキしてしまう。エレンはそんな私にハンカチを差し出しながら、厳しい顔をしたまま続けた。

「婚約者がありながら、他の女を囲い込むだなんて有り得ないよ。ましてやパートナーの提案だなんて、馬鹿にするにも程がある」
「しかし…彼も記憶を失くしていたので」
「関係ないね。君は記憶喪失になったら人を殺すかい?」
「……いいえ」
「そういうことだよ。常識の問題だ。君が大切な思い出にしたいその男は、ちょっと論外の人間みたいだね」

何も言い返せなかった。確かに、記憶がないとは言っても、人としての善悪は残っているはずだ。私との婚約を続けながらカーラと恋愛を楽しみたい、というのは元よりノアが持っていた考え方に基づいているのだろうか。

もし、そうだとしたら、結構悲しい。

「落ち込むのはまだ早いよ。新しい出会いは随所にある」
「そうですね……」
「例えばさ、これも一つの出会いだろう?」

重ねられたままの手に力が入った。エレンの顔を見つめ返すと、冗談と跳ね除けられないような熱い目をしていて、思わず身を引いた。

「警戒させたならごめん…まだ心の整理がつかないよね」

また店で会ったら話そうよ、と言い残してエレンは店の奥で客と話しているシルヴィアに呼び掛ける。去って行く背中を見送りながら、赤くなった顔は場の雰囲気に酔ったからだと思い込むようにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい

吉川一巳
恋愛
老侯爵の愛人と噂され、『氷の悪女』と呼ばれるヒロインと結婚する羽目に陥ったヒーローが、「爵位と資産の為に結婚はするが、お前みたいな穢らわしい女に手は出さない。恋人がいて、その女を実質の妻として扱うからお前は出ていけ」と宣言して冷たくするが、色々あってヒロインの真実の姿に気付いてごめんなさいするお話。他のサイトにも投稿しております。R18描写ノーカット版です。

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

処理中です...