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第二章 シルヴィアの店編
21.リゼッタは語る
しおりを挟むエレンとシルヴィアはそれぞれ四杯目のビールに入っていた。私は早々にそのビール祭りからリタイアして、ちびちびと果実酒を舐めている。あまりお酒に強い方ではないと理解しているので、初めての場で初めての人たちと飲む場合はセーブすべきだと思った。
シルヴィアは自家製のオリーブの塩漬けを冷蔵庫から出しながら、また新しいビールの瓶を手に持っている。
「リゼッタ!飲んでる~!?」
「はい。ありがとうございます…!」
「今日は貴女の就職祝いよ!婚約破棄したクソ男のことなんて忘れて、明るく飲み明かしましょう!」
「………あはは」
曖昧な笑顔を作って応えていると、隣に座るエレンがグイッとこちらに顔を寄せて来る。
「え、婚約破棄されちゃったの?」
「あ……いえ、されたというより自分から…」
「自分から?意外だなぁ、よほど嫌な男だったんだね」
「そういうわけでは…」
「君みたいな優しそうな女の子が自分から婚約を破棄するなんてよっぽどだよ。きっと男に原因がある」
正直あまり楽しい話ではなく、続けたいとも思えなかったので、私はシルヴィアに何か新しい話題を提供してほしかったが、見上げた彼女は会計に追われていた。
仕方がないので興味津々のエレンに向き直る。
「…どっちが良い悪いの話ではありません。ただ、私たちは合わなかったんです。私は彼を憎みたくないですし」
「そう思うことはストレスじゃない…?」
「ストレス?」
「相手を責めないって美徳だけど、心を偽るのは自分にとって良くないよ。たまには思いっきり吐き出すべきだ」
エレンの手が机の上に置いた私の左手の上に重なった。
「よかったら聞かせてくれない?こんな穏やかな女性に、厳しい決断を強いたその男の話」
「………、」
「無理にとは言わない。話すことで少しは救われるかなと思ったから…」
「……わかりました」
私はポツリポツリとこの二週間ほどの間に起こった出来事を彼に語った。エレンはこちらを見つめたまま、相槌を打ったりしながら話に耳を傾けてくれた。
「なるほど…」
話を聞き終わったエレンは、まばらになった店内の客を見渡しながら息を吐く。その眉間には皺が寄っていて、彼が私の経験談を聞いて快く思っていないことを表していた。
「随分と辛い思いをしてきたんだね」
「……どうでしょうね」
「話を聞く限り、その彼は自分のことを王様か何かだと思っているような振る舞いだね」
ブフッと飲んでいたお酒で咽せた。
ノアが王族であることは勿論伏せて話したけども、的確な例えでドキドキしてしまう。エレンはそんな私にハンカチを差し出しながら、厳しい顔をしたまま続けた。
「婚約者がありながら、他の女を囲い込むだなんて有り得ないよ。ましてやパートナーの提案だなんて、馬鹿にするにも程がある」
「しかし…彼も記憶を失くしていたので」
「関係ないね。君は記憶喪失になったら人を殺すかい?」
「……いいえ」
「そういうことだよ。常識の問題だ。君が大切な思い出にしたいその男は、ちょっと論外の人間みたいだね」
何も言い返せなかった。確かに、記憶がないとは言っても、人としての善悪は残っているはずだ。私との婚約を続けながらカーラと恋愛を楽しみたい、というのは元よりノアが持っていた考え方に基づいているのだろうか。
もし、そうだとしたら、結構悲しい。
「落ち込むのはまだ早いよ。新しい出会いは随所にある」
「そうですね……」
「例えばさ、これも一つの出会いだろう?」
重ねられたままの手に力が入った。エレンの顔を見つめ返すと、冗談と跳ね除けられないような熱い目をしていて、思わず身を引いた。
「警戒させたならごめん…まだ心の整理がつかないよね」
また店で会ったら話そうよ、と言い残してエレンは店の奥で客と話しているシルヴィアに呼び掛ける。去って行く背中を見送りながら、赤くなった顔は場の雰囲気に酔ったからだと思い込むようにした。
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