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第二章 シルヴィアの店編
19.リゼッタはうさぎになる
しおりを挟む朝はパン屋として街の人々の胃袋を満たしたシルヴィアの店は、夕方になって街灯が灯り始めると店先にピンク色の看板を出して飲み屋に変身した。
「いかがわしい店じゃないんだけどさ、ピンクってほら元気が出るじゃない?」
「そうですね。でもこの衣装はいったい…?」
手渡された制服を着てみると、ミニ丈のぴっちりした黒のタイトスカートにやたらとパツパツしたシャツ。挙げ句の果てには頭にはバニーガールのようなカチューシャ。
コスプレ大会が始まるのかと思うような見た目だ。
「悪いけど、せっかく若い子が入ったから。心配しなくても私が目を光らせておくから大丈夫よ」
バチコンとウィンクを飛ばして来るシルヴィアを見ながら、ノアが見たら何と言うだろう、と一瞬考えた。どうにも彼の反応をいちいち想像する厭な癖が付いてしまっている。
「分かりました。精一杯がんばりますね…!」
「いいねぇ、その意気だよ」
ニヤリと笑ってシルヴィアは煙草の煙を吐いた。
◇◇◇
飲み屋の仕事を少し舐めていたかもしれない。
飲んだり踊ったり歌ったり、その辺で寝転んでビクともしない男たちも何人か出てきて、もう何が何やら分からない状態の店内を見回した。
シルヴィアは客と二人で熱心に話し込んでいて、時折手を叩いては大笑いしている。この店に集まった客たちは皆、彼女の人柄に惹かれているのだと分かった。
「お!新しいうさぎさんが入ったんだなぁ~」
カウンターに座った酔っ払いの一人が、皿を下げていた私のお尻をそろりと撫でた。びっくりして皿を落としそうになったが、なんとか踏み止まる。
場の空気を白けさせないために笑顔を作った。
「そうなんです。今日から入ったリゼッタです」
「リゼッタちゃんか!よろしくねぇ」
「はい、」
「それにしても勿体無いな~俺がもっと若かったらシルヴィアに頼んで紹介してもらうのに!」
「……あはは…」
頼みの綱のシルヴィアもほろ酔いになっている今、自分でなんとかするしかない。この場を上手く収めて早く皿を持ってカウンターの内側に戻らなければ。
目の据わった男の視線を受け止めながら、手だけは動かして皿を集めた。手癖の悪い男は再度手を伸ばして来て、私の腰を撫で回すように円を描く。皺の刻まれた手のひらがスカートの裾から入って来て、思わずビクッとした。
「ああもう、ルチアーノさん。また悪酔いですか?」
瞬時、肩に手を置かれて、背の高い男が私の方へ身を寄せた。降ってきた声に顔を上げると、少し長めの髪を後ろで束ねた優しそうな男が立っていた。
「あ、え、エレン!違うんだ、これは…!」
酔っ払いは慌てたように顔の前で手をブンブン振る。
「何が違うのかな?マダムに告げ口しますよ、お宅の亭主は酒場で若い女の尻を撫でてるってね」
「やめてくれ!ほんの出来心だよ!」
椅子から転げ落ちそうになりながら男は早口でそう言って、シルヴィアの方へ駆け寄って「お会計!」と叫んだ。逃げるように去るとはまさにこの事だろう。
「危なかったね、うさぎちゃん」
「……ありがとうございました」
助かりました、と言いながら頭を下げる。
「俺の名前はエレン・ロベスピエール。この店には結構よく顔を出しているから、よろしくね」
「こんにちは、リゼッタです。こちらこそ…」
差し出された手を握り返すと、エレンは爽やかに微笑んだ。飲んだくれの集まりのような場に、彼のような若くて品のある男が居るのは不思議な感じがしたが、何にせよ助けてもらったので良い人なのだろう。
「こんな時間からだけど、良かったら一緒に飲もうよ」
「あ、私はまだ今日入ったばかりなので、」
「じゃあシルヴィアも誘おうか?」
私が口を開く前にエレンはシルヴィアに声を掛けた。
すぐに大きなビールジョッキを三つ持ったシルヴィアがこちらへ向かって来る。先ほどまで、ほろ酔いに見えたけれど、その手際の良さはやはり店を切り盛りする人間だ。
「それじゃあ、最高の店主シルヴィアに乾杯!」
お決まりとなっているのか、今日何度か聞いた乾杯の音頭に笑いながらジョッキを掲げた。初日の夜はなかなか明けなさそうで、私はこっそり欠伸を噛み締めた。
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