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第一章 失われた記憶編
07.王子は目移りする
しおりを挟む「ちょっと!どういうことよあれ!?」
怒れる猪の如く突進して来たヴィラは、部屋に入るなり、窓の外を指差しながら私に問い掛けた。彼女が聞きたいことは分かっている。
読んでいた本をサイドテーブルに置いて、ベッドから立ち上がった。ヴィラの隣に並ぶとちょうど、園庭で戯れる男女の姿が目に入る。それはノアとカーラだった。
「どうもこうもないわ。彼の自由だもの」
「記憶喪失だと聞いたけど、あの女は誰?」
「ノアが森で助けた女の子よ…彼女を避けるためにノアは落馬したらしくて、足の怪我が治るまで王宮に居るって」
「はぁ?どこの女かも分からないのに?」
「名前は分かっているし、ノアは知っているのかも…」
カーラについての情報は私には一切入って来ていない。彼女は私に接触しようとして来ないし、ノアからも何も聞かされていない。
ノアが私を拒絶してから、私たちはほとんど話さなくなった。もともと記憶を失くした彼は口数が以前よりだいぶ減っていたけれど、今では私よりカーラと過ごす時間が増えたためか、何も言葉を交わさない日も多々あった。
「リゼッタ、貴女分かってる?」
「?」
「あの女は婚約者である貴女からノアを奪おうとしているのよ?見てよあの距離の近さ!」
息巻くヴィラの指差す先では、カーラが花を編んで作った王冠をノアの頭に被せていた。私は曖昧に笑ってベッドの方へ戻る。
「……ノアが望んでいるなら仕方ないわ」
「あのポンコツ王子は自分がどれだけリゼッタに愛を捧げていたか覚えていないのよ!だからあんな間抜けな真似が出来るの」
「どうかしらね、」
ヴィラの素直さが私は好きだった。彼女はいつも私以上に感情を表してくれるから、見ているこちらもスッキリするのだ。
けれども、今回に関しては、私は誰にも自分の気持ちを知られたくなかった。この黒く濁って沈澱した心の中を誰かに知られたら、私はその場から逃げ出したくなるだろう。同情なんてされたくない。可哀想だなんて、言わないで。
中途半端な私の笑顔を暫く見たあと、ヴィラは何かを言おうとしたが、口を閉じて再び熱いお茶を淹れに掛かった。私はその様子に安堵して、また窓の外に目を向ける。
アルカディア王国の宮殿の庭では、美しい草木や花々が咲き乱れている。ノアは以前、庭でテーブルを出して食事をしたいと言っていたっけ。まだ実現することは難しそうだ。
ノアの銀色の髪が風でふわりと乱れた。カーラが笑いながら、落ちた花冠を拾って被せている。頭を下げてそれに応えるノアの目が、少しの間こちらを見たので、私は急いで顔を背けた。
可哀想、そんなこと自分が一番分かっている。
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