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00.プロローグ
しおりを挟むーー豊かな強国アルカディア。
民は進んだ文明の恩恵を享受し、年々発展を続ける経済はその国の地位を確固たるものにしていた。今や、アルカディア王国を統べるイーデンハイム家と聞けば、隣国の王族も恐れをなして敬意を示す存在であることは間違いない。
「リゼッタ、もう一回…」
伸びてきた腕をひらりと躱わす。
ノア・イーゼンハイムは拗ねたような顔を作って、また枕に頭を預けた。この子供のような男がアルカディアの王族、ましてや将来国政を担う王子であるなんて信じ難い。
「ダメです!明日は朝一番にマルトン料理長から料理を教わる予定ですから」
「え?それってリゼッタの手料理を食べられるってこと?」
「……うまくいけば」
肉かな?魚かな?と上機嫌で考え出すノアのことを観察した。アルカディアの隣国カルナボーン王国で婚約破棄を言い渡された私が、ノアに見初められてこの国に来たのは数ヶ月前の話。
婚約破棄された後、私が義両親であるアストロープ子爵夫妻に絶縁された関係で娼館に居たという事実は、アルカディアの国王夫妻や近しい者のみが知る秘密だ。
ノアの申し出で宮殿における寝室を一緒にしたは良いものの、彼の寵愛は相当なもので、私は娼館に居た時よりもハードワークを強いられていた。マリソン王妃の授業がなければこの求愛行動が24時間続くのかと思えば、厳しい王妃の授業も少しは救いに思えた。
「なんだか寂しいなぁ、王妃がリゼッタを奪ったみたいだ」
「そんなことはありません。ノアとの時間も大切です」
「だよね?じゃあ、やっぱりもう一回、」
腕を引かれてその胸に抱き寄せられる。
目に入った痛々しい傷跡に触れると、ノアの身体が小さく震えた。その傷は彼が氷の峡谷と呼ばれる場所で、魔女と争って出来たものだった。
「すみません、まだ痛みますか…?」
「いや…そうじゃなくて」
「?」
「元気になっちゃった。良い?」
返事をする前に肩を押されて、笑顔のノアが覆い被さる。薄暗い部屋では壁に掛かった時計の文字も見えず、最早時間の感覚もよく分からないまま私はまた彼を受け入れた。
アルカディアの王宮では最近深夜に啜り泣く女の声がするなんて噂が、使用人たちの間では広まっているらしいけれども、おそらくその正体は私たちなのではないかと思う。
声が漏れないようにギュッと閉じた唇を、熱い舌でペロリと舐め上げてノアは緩やかに動き出した。
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