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最終章 王都サングリフォンの龍

62 夫婦の時間

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 プラムがクレアの家に泊まりに行った。

 あまりにも突然のお泊まりに理解が追い付かないまま、私はバタバタと着替えやら彼女の大切にしていたぬいぐるみやらを詰め込んだ鞄をクレアに渡した。

 がらんと静かになったリビングで一人。
 時計の秒針の音だけが時間の経過を教えている。


「………まだ起きてたのか」

 シャワーを浴びたのか、スッキリした顔のフランが姿を現した。私は小さく頷いてまた視線を手元に戻す。

 なんだか落ち着かない。
 もう眠るだけなんだけど、小さなプラムがあんなことを言い出すなんて、驚いた。まだ子供だと思っていたのに、もしかすると私がそう思い込みたかっただけで、プラムは随分と成長していたのかも。

 それに加えて。

 プラムが居ないということは、つまりそういうこと。この家には現在、私とフランの二人きりなのだ。べつに何かを期待しているわけではないけど、多少の警戒心はある。これは自意識過剰ではなく、当然の感情だろう。


「ローズ……?」

 心配そうな声が頭上から落ちてきた。
 私は慌てて顔をあげる。

「な、なに……?」
「いや。こうして二人になる機会はあまりないから、なんだか変な感じだと思って」
「そうね。明日も早いし寝ましょうか…!」

 立ち上がろうとした私の上にスッと影が落ちた。見上げるとソファに座る私の方へ腰を折って、フランが笑顔を浮かべている。あまり見たことのないタイプの笑顔だ。

(………喧嘩でも売ってるのかしら?)

 面と向かって言ってくれれば受けて立つのに、と顔を背けてツンとしていたら、おもむろに伸びて来た手が私をソファから抱き上げた。急に浮いた身体に私はバタバタと脚を動かせる。


「フラン、何をするの……!?」
「つれない態度を取るあんたにお仕置きだ」
「っはぁ!?」

 叩いても蹴っても表情を崩さないフランは私を抱いたままでリビングを後にして、廊下を進むと器用にノブを回して部屋の一つに足を踏み入れた。


「ここって………」
「俺の部屋だよ」

 見慣れた玩具箱や化粧台はなく、殺風景な部屋にはプラムが描いたと見られる絵が一枚だけ飾られていた。野原の上に花を持った人間が三人立っている絵。子供園でプラムが描いて持って帰ったものだ。律儀に飾っていたなんて。

 ぼけっと絵の方に意識を取られているうちに、自分の身体がやけに柔らかな場所に下されたことに気付いた。ギョッとしてフランを見あげる。

「何か問題でも?」

 ベッドに横たわった私の上でフランは首を捻る。

 問題しかないので、いったいどこから突っ込むべきかと私は頭を悩ませた。いや、夫婦である以上、こうした時間が発生するのは当たり前。というか、そもそも私たちは合意ではないけどそういった行為を経験している。

 しかしながら。
 心の準備というものも必要で。


「えっとね、フラン…?貴方の気持ちは嬉しいんだけど、ちょっとあまりにも急と言うか……」
「ずっと気になっていたんだ。もう良いだろう」
「気になってる?人並みの技能しかないけど、」
「さっきから何の話をしている?」

 フランは訝しむように眉を寄せた。

「え?夫婦だからそういうことでしょう?」

 しばらく沈黙した後、私は無愛想な同居人が堪え切れずに吹き出すのを見た。わけが分からない私の前でフランはひとしきり笑うと、大きな手でグリグリと私の頭を撫でる。

「身体の使い方がなってないって話だよ。ローズは一度関節の位置を正す必要がある。最近肩が痛いって言っていただろう?」
「………あ、え?……うん」
「期待させて悪かったな。そんなに急いでない」
「期待なんてしてないわ!勘違いさせるような言い方を貴方がしたんでしょう…!」

 フランは少し含んだように笑うと、そのまま私の膝の上に頭を寝かせた。その重みを受けて、また心臓がバクバクと騒がしく脈打ち始める。

 まるで意識してるのは私だけみたいだ。
 どうして彼はこんなに余裕綽々なのだろう。

「ローズ、そんな顔をしないで」
「だって……なんだか悔しい」
「もう暫くはあんたを手に入れた喜びを感じていたいんだ。味わって楽しむのはまだ先で良い」
「………っ、」

 それっきり何も言えなくなったので、私はウロボリア騎士団に伝わるゴア直伝のストレッチを黙って教わった。そうしてその夜は、フランの部屋で二人で丸まって眠りに着いた。

 プラムのものではない誰かの体温を間近に眠るのは初めてのことだったけれど、不思議と心は穏やかで、夢も見ずにぐっすりと朝まで眠った。

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