67 / 68
最終章 王都サングリフォンの龍
62 夫婦の時間
しおりを挟むプラムがクレアの家に泊まりに行った。
あまりにも突然のお泊まりに理解が追い付かないまま、私はバタバタと着替えやら彼女の大切にしていたぬいぐるみやらを詰め込んだ鞄をクレアに渡した。
がらんと静かになったリビングで一人。
時計の秒針の音だけが時間の経過を教えている。
「………まだ起きてたのか」
シャワーを浴びたのか、スッキリした顔のフランが姿を現した。私は小さく頷いてまた視線を手元に戻す。
なんだか落ち着かない。
もう眠るだけなんだけど、小さなプラムがあんなことを言い出すなんて、驚いた。まだ子供だと思っていたのに、もしかすると私がそう思い込みたかっただけで、プラムは随分と成長していたのかも。
それに加えて。
プラムが居ないということは、つまりそういうこと。この家には現在、私とフランの二人きりなのだ。べつに何かを期待しているわけではないけど、多少の警戒心はある。これは自意識過剰ではなく、当然の感情だろう。
「ローズ……?」
心配そうな声が頭上から落ちてきた。
私は慌てて顔をあげる。
「な、なに……?」
「いや。こうして二人になる機会はあまりないから、なんだか変な感じだと思って」
「そうね。明日も早いし寝ましょうか…!」
立ち上がろうとした私の上にスッと影が落ちた。見上げるとソファに座る私の方へ腰を折って、フランが笑顔を浮かべている。あまり見たことのないタイプの笑顔だ。
(………喧嘩でも売ってるのかしら?)
面と向かって言ってくれれば受けて立つのに、と顔を背けてツンとしていたら、おもむろに伸びて来た手が私をソファから抱き上げた。急に浮いた身体に私はバタバタと脚を動かせる。
「フラン、何をするの……!?」
「つれない態度を取るあんたにお仕置きだ」
「っはぁ!?」
叩いても蹴っても表情を崩さないフランは私を抱いたままでリビングを後にして、廊下を進むと器用にノブを回して部屋の一つに足を踏み入れた。
「ここって………」
「俺の部屋だよ」
見慣れた玩具箱や化粧台はなく、殺風景な部屋にはプラムが描いたと見られる絵が一枚だけ飾られていた。野原の上に花を持った人間が三人立っている絵。子供園でプラムが描いて持って帰ったものだ。律儀に飾っていたなんて。
ぼけっと絵の方に意識を取られているうちに、自分の身体がやけに柔らかな場所に下されたことに気付いた。ギョッとしてフランを見あげる。
「何か問題でも?」
ベッドに横たわった私の上でフランは首を捻る。
問題しかないので、いったいどこから突っ込むべきかと私は頭を悩ませた。いや、夫婦である以上、こうした時間が発生するのは当たり前。というか、そもそも私たちは合意ではないけどそういった行為を経験している。
しかしながら。
心の準備というものも必要で。
「えっとね、フラン…?貴方の気持ちは嬉しいんだけど、ちょっとあまりにも急と言うか……」
「ずっと気になっていたんだ。もう良いだろう」
「気になってる?人並みの技能しかないけど、」
「さっきから何の話をしている?」
フランは訝しむように眉を寄せた。
「え?夫婦だからそういうことでしょう?」
しばらく沈黙した後、私は無愛想な同居人が堪え切れずに吹き出すのを見た。わけが分からない私の前でフランはひとしきり笑うと、大きな手でグリグリと私の頭を撫でる。
「身体の使い方がなってないって話だよ。ローズは一度関節の位置を正す必要がある。最近肩が痛いって言っていただろう?」
「………あ、え?……うん」
「期待させて悪かったな。そんなに急いでない」
「期待なんてしてないわ!勘違いさせるような言い方を貴方がしたんでしょう…!」
フランは少し含んだように笑うと、そのまま私の膝の上に頭を寝かせた。その重みを受けて、また心臓がバクバクと騒がしく脈打ち始める。
まるで意識してるのは私だけみたいだ。
どうして彼はこんなに余裕綽々なのだろう。
「ローズ、そんな顔をしないで」
「だって……なんだか悔しい」
「もう暫くはあんたを手に入れた喜びを感じていたいんだ。味わって楽しむのはまだ先で良い」
「………っ、」
それっきり何も言えなくなったので、私はウロボリア騎士団に伝わるゴア直伝のストレッチを黙って教わった。そうしてその夜は、フランの部屋で二人で丸まって眠りに着いた。
プラムのものではない誰かの体温を間近に眠るのは初めてのことだったけれど、不思議と心は穏やかで、夢も見ずにぐっすりと朝まで眠った。
246
お気に入りに追加
581
あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる