63 / 68
最終章 王都サングリフォンの龍
59 おはよう
しおりを挟む「もう……何なのよ、もう……っ!死んだかと思ってゴア隊長に死亡届貰いに行っちゃったわよ……このケーキ、すごく美味しいわね?」
「クレアさん、泣くか食べるか喋るかにしましょう」
「ごめんなさい……ケーキに集中するわ」
目元を拭ったクレアがフォークをイチゴに突き刺すのを見ながら、私は隣に座るフランの様子を窺う。
フランはまだ何処かぼーっとした様子で窓の外を見ていた。病院着の下から覗く胸元には痛々しい傷を塞ぐための包帯が巻かれている。
プラムはフランの手を握って一心に彼が不在の間に起こった出来事を話し続けていた。子供園でアンジェリカちゃんと砂のお城を作ったこと、ダースやクレアたちと型抜きクッキーを焼いたこと、ラメールが使わなくなった本物の魔法鏡をくれたこと、サイラスが王都を訪れて来たことなんかを。
「あの医者が来たのか……?」
フランはその時初めて私の目を見た。
私は緊張しつつ小さく頷く。
サイラスはフランが負傷したという話を何処からか聞きつけて、車を飛ばしてベルトリッケから来てくれたのだ。フランの病室にも一緒に来たけれど、寝ていた彼が知る由もない。
「せんせーはプラムのお家にもきたんだよ」
「………は?」
「でもママがおとまりはダメって」
「だろうな、それは正しい判断だ」
フランはプラムの頭を撫でて息を吐いた。
それまで黙ってケーキを食べていたフィリップが綺麗になった皿をテーブルに戻して「ところで」と口を開いた。口の横にクリームを付けたダースに倣って皆がそちらに顔を向ける。
「私の勘が正しければ、お邪魔虫でしょうね」
「お邪魔虫?」
「皆さん、飲み物を買いに行きませんか?」
「おいフィリップ、飲み物ならラメールの薬草茶が…」
「私はコーヒーの気分なのです」
プラムに声を掛けてフィリップは歩き出す。
クレアはプラムを抱き上げて私の方に意味ありげな視線を寄越した。その後ろをメラードに突かれながらダースが続く。
私が何か言う前に病室の扉はピシャリと閉まった。
静かな部屋の中にまた暖かな風が吹き込む。
「お邪魔虫ってどういう意味だ?」
フランが閉まった扉の方に顔を向けたまま呟いた。
フィリップの気遣いには感謝しているけれど、それが何のためであるかを私に説明させるのは酷だ。私はフランの言葉が聞こえなかったフリをして皿の上に残ったケーキにフォークを刺す。
色々と話したかったことがあるはずなのに、いざこうして二人きりで残されると緊張する。眠り続けていた間は早く目を覚ますことを祈っていたけど、顔を合わせたら何を話せば良いか分からない。
(何か……何か、面白い話を……)
頭の中を引っ掻き回して話のネタを探したところ、最近笑ったことの一つとして子供園での出来事を思い出した。
「あ、そういえばね、サイラス先生が来たときに一緒にプラムのお迎えに付き添ってくれたの。そうしたらプラムの友達が彼のことを父親だと勘違いしてね」
「…………、」
「思ってたのと違う、って言うのよ。子供なのになんだか大人みたいな反応でしょう?私その時は笑っちゃって…」
口元に手を当ててクスクス笑いながらフランの顔を見ると、ビックリするほど恐ろしい表情を浮かべていた。確かに爆笑できる話ではないけれど、そんなに怒らなくても。
「えっと……」
心なしか重くなった空気に押し潰されないように咳払いをする。ベッドフレームに添えていた手にフランの手が重なった。
「話があるって言ったこと、覚えてるか?」
「………っ!」
忘れていた動悸がまた心臓を揺らす。
胸が苦しくなったので息を深く吸った。
「ええ、まぁ……忘れてはないけど…」
私だって話さなければいけないことはある。
だけど、彼が先手を取って話し始めてくれるなら有難く乗っかろうと思う。というのも、私の話はかなり言語化するのが難しくて、心の準備も必要だから。
「言っていただろう?あんたとプラムを置いて姿をくらますのは無責任だって」
「そうね、それは記憶にある……プラムには父親が必要だし、貴方と居るときはすごく楽しそうで、」
「ローズは?」
「え?」
「前にも言ったが、俺はローズの気持ちが知りたい。プラムのことはもちろん大切だけど、それとこれは別だ」
可哀想な心臓は確かめるまでもなく緊張していた。
さっきまで寝ていた病人が私の顔を覗き込む。
(恐れないで……大丈夫よ、ローズ。彼は私の気持ちが知りたいだけだもの。気持ちね…気持ちってつまり……)
プラムのことを抜きで考えるフランとは。
フランは命の恩人で、頼れる騎士団の同僚。だけど同時に彼は私を襲ったあの黒い龍で、反省はしているけれど私たちの出会いはそこにある。
それでも一緒に居たいと思うのは、共に暮らした中で不器用な優しさに触れて、彼の後悔を耳にしたから。
「…………私も、貴方を必要としているわ」
「なんで?」
「うっ……なんでって、」
いつの間にか握り込められた手に力が加わる。
視線を外す勇気も出て来ない。
「だ、だってフランは力持ちだし、運転だって私より上手でしょう?それに王都のことは私より知ってるもの」
「………ローズ、」
「……はい」
「あんた、俺の想像よりはるかに頑固だな」
「そんな…!私にばっかり強要するのは間違ってるわよ、自分だって何も明かしてないくせに!」
恥ずかしさから喚き散らす私の腕をフランが引いた。
バランスを崩して思わず前に突き出した手が鍛えられた胸板に触れる。傷口が開くのではないかと思って慌てる私の耳元にフランの息が掛かった。
「好きだよ。まだ気付かないフリをするのか?」
「………っ、」
「良い父親になれるように努力する。もう一度やり直したいんだ。出会い方が悪かったから、今度はローズに愛されるような男になりたい」
「……黒龍じゃなく?」
「ああ。龍でも意地悪な騎士でもない、あんたに向き合う一人の男として」
ポロポロと堰を切ったように涙が落ちる。
返事の代わりに、優しい口付けを受け入れた。
248
お気に入りに追加
571
あなたにおすすめの小説
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです
たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。
お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。
これからどうやって暮らしていけばいいのか……
子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに……
そして………
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる