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最終章 王都サングリフォンの龍

59 おはよう

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「もう……何なのよ、もう……っ!死んだかと思ってゴア隊長に死亡届貰いに行っちゃったわよ……このケーキ、すごく美味しいわね?」
「クレアさん、泣くか食べるか喋るかにしましょう」
「ごめんなさい……ケーキに集中するわ」

 目元を拭ったクレアがフォークをイチゴに突き刺すのを見ながら、私は隣に座るフランの様子を窺う。

 フランはまだ何処かぼーっとした様子で窓の外を見ていた。病院着の下から覗く胸元には痛々しい傷を塞ぐための包帯が巻かれている。

 プラムはフランの手を握って一心に彼が不在の間に起こった出来事を話し続けていた。子供園でアンジェリカちゃんと砂のお城を作ったこと、ダースやクレアたちと型抜きクッキーを焼いたこと、ラメールが使わなくなった本物の魔法鏡をくれたこと、サイラスが王都を訪れて来たことなんかを。


「あの医者が来たのか……?」

 フランはその時初めて私の目を見た。
 私は緊張しつつ小さく頷く。

 サイラスはフランが負傷したという話を何処からか聞きつけて、車を飛ばしてベルトリッケから来てくれたのだ。フランの病室にも一緒に来たけれど、寝ていた彼が知る由もない。

「せんせーはプラムのお家にもきたんだよ」
「………は?」
「でもママがおとまりはダメって」
「だろうな、それは正しい判断だ」

 フランはプラムの頭を撫でて息を吐いた。

 それまで黙ってケーキを食べていたフィリップが綺麗になった皿をテーブルに戻して「ところで」と口を開いた。口の横にクリームを付けたダースに倣って皆がそちらに顔を向ける。


「私の勘が正しければ、お邪魔虫でしょうね」
「お邪魔虫?」
「皆さん、飲み物を買いに行きませんか?」
「おいフィリップ、飲み物ならラメールの薬草茶が…」
「私はコーヒーの気分なのです」

 プラムに声を掛けてフィリップは歩き出す。
 クレアはプラムを抱き上げて私の方に意味ありげな視線を寄越した。その後ろをメラードに突かれながらダースが続く。

 私が何か言う前に病室の扉はピシャリと閉まった。
 静かな部屋の中にまた暖かな風が吹き込む。


「お邪魔虫ってどういう意味だ?」

 フランが閉まった扉の方に顔を向けたまま呟いた。

 フィリップの気遣いには感謝しているけれど、それが何のためであるかを私に説明させるのは酷だ。私はフランの言葉が聞こえなかったフリをして皿の上に残ったケーキにフォークを刺す。

 色々と話したかったことがあるはずなのに、いざこうして二人きりで残されると緊張する。眠り続けていた間は早く目を覚ますことを祈っていたけど、顔を合わせたら何を話せば良いか分からない。

(何か……何か、面白い話を……)

 頭の中を引っ掻き回して話のネタを探したところ、最近笑ったことの一つとして子供園での出来事を思い出した。


「あ、そういえばね、サイラス先生が来たときに一緒にプラムのお迎えに付き添ってくれたの。そうしたらプラムの友達が彼のことを父親だと勘違いしてね」
「…………、」
「思ってたのと違う、って言うのよ。子供なのになんだか大人みたいな反応でしょう?私その時は笑っちゃって…」

 口元に手を当ててクスクス笑いながらフランの顔を見ると、ビックリするほど恐ろしい表情を浮かべていた。確かに爆笑できる話ではないけれど、そんなに怒らなくても。

「えっと……」

 心なしか重くなった空気に押し潰されないように咳払いをする。ベッドフレームに添えていた手にフランの手が重なった。


「話があるって言ったこと、覚えてるか?」
「………っ!」

 忘れていた動悸がまた心臓を揺らす。
 胸が苦しくなったので息を深く吸った。

「ええ、まぁ……忘れてはないけど…」

 私だって話さなければいけないことはある。
 だけど、彼が先手を取って話し始めてくれるなら有難く乗っかろうと思う。というのも、私の話はかなり言語化するのが難しくて、心の準備も必要だから。

「言っていただろう?あんたとプラムを置いて姿をくらますのは無責任だって」
「そうね、それは記憶にある……プラムには父親が必要だし、貴方と居るときはすごく楽しそうで、」
「ローズは?」
「え?」
「前にも言ったが、俺はローズの気持ちが知りたい。プラムのことはもちろん大切だけど、それとこれは別だ」

 可哀想な心臓は確かめるまでもなく緊張していた。
 さっきまで寝ていた病人が私の顔を覗き込む。

(恐れないで……大丈夫よ、ローズ。彼は私の気持ちが知りたいだけだもの。気持ちね…気持ちってつまり……)

 プラムのことを抜きで考えるフランとは。
 フランは命の恩人で、頼れる騎士団の同僚。だけど同時に彼は私を襲ったあの黒い龍で、反省はしているけれど私たちの出会いはそこにある。

 それでも一緒に居たいと思うのは、共に暮らした中で不器用な優しさに触れて、彼の後悔を耳にしたから。


「…………私も、貴方を必要としているわ」
「なんで?」
「うっ……なんでって、」

 いつの間にか握り込められた手に力が加わる。
 視線を外す勇気も出て来ない。

「だ、だってフランは力持ちだし、運転だって私より上手でしょう?それに王都のことは私より知ってるもの」
「………ローズ、」
「……はい」
「あんた、俺の想像よりはるかに頑固だな」
「そんな…!私にばっかり強要するのは間違ってるわよ、自分だって何も明かしてないくせに!」

 恥ずかしさから喚き散らす私の腕をフランが引いた。

 バランスを崩して思わず前に突き出した手が鍛えられた胸板に触れる。傷口が開くのではないかと思って慌てる私の耳元にフランの息が掛かった。

「好きだよ。まだ気付かないフリをするのか?」
「………っ、」
「良い父親になれるように努力する。もう一度やり直したいんだ。出会い方が悪かったから、今度はローズに愛されるような男になりたい」
「……黒龍じゃなく?」
「ああ。龍でも意地悪な騎士でもない、あんたに向き合う一人の男として」

 ポロポロと堰を切ったように涙が落ちる。
 返事の代わりに、優しい口付けを受け入れた。

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