57 / 68
第四章 バルハドル家とルチルの湖
53 西部へ
しおりを挟む久方ぶりの運転で不安しか無かったけれど、夜間で車が少なかったこともあって、フランの取っていた宿から王都までは一時間半ほどで到着することが出来た。
宿の電話を借りてゴアには連絡したが、ことの経緯を説明すると、すぐに動ける騎士を集めて討伐隊を向かわせてくれるという話になった。
「ローズ……!無事に戻って良かった、フランは…!?」
「クレア!ありがとう、みんな本当に…」
家に到着すると、走り寄って来たクレアの腕からプラムが飛び降りる。私は小さな身体を抱き締めながら、起こった出来事を掻い摘んで話した。
どうやら訓練終わりに皆で家で待ってくれていたようで、フィリップやダース、メナードも心配な顔で私の話に耳を傾ける。驚いたことにラメールまでもが退院を早めてその場に集結していた。
「体調は大丈夫なの、ラメール?」
「もともとアンタの治癒のお陰で怪我は塞がっていたんだ。あの時現れた魔物は獰猛なクマの姿でねぇ、攻撃された時は死んだかと思ったが……」
ローズに救われたね、と言って老婆は微笑んだ。
私は大したことをしていないので、ただ首を振った。静まり返る皆の顔を見て口を開く。自分が見たこと、聞いたこと、フランが取ろうとしている行動について共有した。
「つまり、フランは王様と王子様を引っ掴んで西部へ向かったってわけだな。ほんと……無茶苦茶なヤツだ、」
「無茶苦茶だけど、怒る気持ちは分かるわ。そんな私利私欲のために生み出された魔物のために、私たちが戦ってたなんてね……」
「しかしよォ、共鳴装置で本当に魔物が集まって来るのか?」
廃病院で私が見た白龍の話をするとダースは青い顔をした。
「マジかよ。龍まで集まって来ただって!?」
「怖いなら家に帰って毛布にでも包まってなよ」
そう言いながらクレアは立ち上がる。
腰に装備した短剣を弄りながら遠くへ目線を投げた。
その先には私が乗って来たフランの車があった。私は彼女が考えていることを推し量ってハッとする。
「まさか……西部へ向かうの?」
「だって貴女はそのつもりでしょう?」
「そうだけど、」
「じゃあ私たちが行かない理由もないわ。ローズが到着する少し前にエリサ副隊長から電話があったの。西部へ応援に来てくれってね。詳しい事情は分からなかったけど、今ようやく繋がったわ」
運転は私がするから、と言ってクレアは車に近付いた。
「そういえば、フランは高貴なゴミをどうやってお城から連れ出したのかしらね?」
「分からないわ。彼は自分で魔法が使えるから大丈夫だと言っていたけど……」
「なんだって…!?」
それまで黙っていたラメールが驚いたように叫ぶ。
プラムと遊んでいた手を止めて私の方へ詰め寄った。
「フランは魔法を使うのかい?」
「えっと……はい。黒龍と同じ火の力を扱えるようでした。だけど、気のせいか、魔法を使った後は何か痣のようなものが出ていて……」
「それは不味い!あのバカちん、龍の力を借りるなんて!あれは使えば使うほど自由を奪われてしまう、自分でも分かってるはずだよ」
「そんな……!」
私は驚いて立ち上がる。
ラメールは困ったように眉を寄せて「どいつもこいつもバカばっかりだ」と嘆いた。その後ろではフィリップがメナードと何やら話していて、やがて意を決したようにこちらへ歩いて来た。
「ローズさん、僕たちはここに残ります。数が多ければ良いものでもない。情けないですが実戦向きではないことは理解している。ラメールもまだ怪我人ですから、僕たち三人にプラムさんは任せてください」
プラムは大人たちの間でソワソワと身体を動かす。
私は屈んで不安そうな娘と目を合わせた。
「ママぁ………パパは…?」
「プラム、パパは今からママたちが連れて帰るわ」
「ほんと?」
「うん。必ず貴女のもとに帰って来る。だから…ラメールさんたちと待っててもらっても良い?」
「わかった。良い子するから、やくそく」
おずおずと差し出された小さな指に小指を絡めて、しばしの間、安心させるために抱き締めた。
振り返ると、クレアとダースはもう車に乗っている。私は残る四人に別れを告げて助手席の扉を開いた。続く黒い夜の下、静かに車は走り出す。
196
お気に入りに追加
578
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる