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第四章 バルハドル家とルチルの湖
47 ルチルの湖
しおりを挟む北部へ到着したのは、私が王都サングリフォンを出た四時間後のことだった。
ターミナルの駅からバスを乗り換えて更に一時間。ルチルの湖に向かう道中、心境は穏やかではなかった。プラムを置いて来て良かったのだろうか。湖に向かったところで、フランはもうそこに居ないかもしれない。
不安はいくつも浮かんでは消える。
まるで水中から上がってくる気泡のように。
「ルチルの湖……?方角はこっちで合ってるけど、今から行ったところで夜になったら何も見えないよ」
「分かりました。ありがとうございます」
バスを降りて、運転手が教えてくれた方面へ足を踏み出す。鬱蒼と茂る草木の隙間から夏の虫が奏でる演奏が聴こえてきた。夜が近付いている匂いがする。
どれだけ歩いたか定かではないけれど、月明かりを頼りに歩みを進めるうちに目指していた湖に辿り着いた。
(思っていたより大きいわ………)
龍の姿だったフランが泳げるぐらいだから、当たり前と言えば当たり前だ。周辺を歩くだけでもかなりの時間を要するだろうと考えて、溜め息を吐いた。
しゃがみ込んで、水に手を浸す。
蒸し暑い外気に反して湖の水温は低い。
フランに会ったら何を話すかばかり考えていて、肝心のどうやって会うかの部分が抜けていた。直感でここまで来てしまったけれど、本当にフランはこの近くに居るのだろうか?
途方に暮れて見上げた先に、古びた建物を見つけた。
そろそろと警戒しながら近付く。
朽ちた錠前の向こうには、長らく手入れを忘れられた様子の庭が広がっていた。もしかすると、ここが今はなきバルハドル家の屋敷なのかもしれない。長らく放置されていたのか、門には雑草や蔦が絡まっていた。
壊れた錠前に手を掛けたところで、廃病院であったことを思い出す。
もしも、中に魔物が住んでいたら?もうフランは助けてくれない。軽はずみな行動は慎むべきだ。明日、太陽が昇ったらまた来てみたら良い。
(だけど……フランが王の門を潜ってしまうかも)
サイラスの話では、王から招集があった場合には水晶板の上に青く光る扉が現れると言う。
神出鬼没なその扉を彼が潜ってしまっては、もう追い掛けることは出来ない。衛兵に取り囲まれた彼が、国王の前で跪く最悪の光景が脳裏を過ぎった。
悩みながら頭を抱えていると、草木が擦れる音がした。夜行性の動物が近くを歩いたのだろうか。それにしては、やけに大きな音だった気がする。もしかして、魔物が……
「………おい、」
「ひゃっ!?」
声が聞こえた瞬間、飛び上がった。
頭の上に手を回したままでその場にうずくまる。しかし、トントンと肩を叩かれて、姿を見せたのが魔物ではなく自分の探していた人物だと気付いた。
「フラン……?」
「幽霊でも見たような顔だな」
「だって、こんな場所で会うと思わなくって、」
「俺もあんたが北部まで出向いて来ると思わなかったよ。何をしに来た?まさか観光じゃないだろうな?」
いつもの調子で笑った後、フランは笑顔を消す。
月と同じ色をした瞳が私を見据えた。
「手紙を読んだなら、もう分かったはずだ。俺たちは楽しくお喋りするような関係ではないし、俺にそんな資格はない」
「貴方も私と過ごしたなら学んだはずよ」
「………?」
「私は頑固でしつこいの。あんな一方的なお別れは受け付けないわ。何をしようとしているか知らないけど、一人だけ姿を消すなんて許さないから」
「ローズ、」
フランは困ったように目を閉じて息を吐く。
譲らない私に折れたのか、再び顔を上げた彼は「場所を変えよう」と提案した。ルチルの湖の周りをぐるりと歩きながら私は考える。これからのこと、自分の意思について。
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