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第四章 バルハドル家とルチルの湖

45 決意の表明

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「………バルハドル家?」

 怪訝そうな顔で聞き返す男に私は頷く。
 ゴア・ネミウムは頭の後ろを掻いて首を捻った。

「フランの姓なんて聞いたことがなかったな。なんて言ったって、あいつは平民の出身だと言っていたし、龍が云々というのも幻覚を見たんだと流してしまったから」

 頼りにしていた騎士団長がこんな風に返すから、私は落胆して気持ちが沈んだ。

 ベルトリッケの遠征から戻ってすぐに、隣国に出向いているというゴアが帰る日を副隊長であるエリサに確認した。幸いにも三日後に王都に帰還した彼に連絡を取り、上手く面会の予定を入れたのが昨日の話。


「ゴア隊長は、すべて知った上でフランを私と一緒に住ませたわけではないのですか?」
「知ってると言えば知ってるが……信じてはいなかったからなぁ。フランは本当に魔物だったのか?」
「………分かりません」

 思い出すのは、火の力を使うフランの姿。

 魔術師でない彼が、あれだけの力を持つことはにわかに信じがたい。ラメールでも白龍を相手に一人で闘うなんて出来ないはずだ。

 ゴアに突撃して分かったことは、結局フランはすでに騎士団を離れて何処かへ消えたということ。新しい活躍の場があると言っていたのに、彼の吐いた最後の不誠実な嘘は私を虚無の中に突き落とした。


「つまり……誰もフランの行方を知らないんですね」
「そういうことになるねぇ」
「私たちがベルトリッケで合宿をした際、王家が管理する水晶板を持った魔術師に遭遇しました」
「ああ、フィリップから報告を受けたよ。サイラス先生が回収したんだろう?」
「あの水晶板は何ですか?」

 ゴアは言葉に迷うように目を泳がす。
 私は追求するために身を寄せた。

「教えてください」
「うーん……まだ確実なことは言えないんだが、実は魔物が人為的に増やされているんじゃないかという説がある」
「人為的に?」
「そうだ。君の良く知る魔術師のラメールもその説を支持する側でね、だから王家の息が掛かった騎士団には入らないと拒否されたよ」
「そんな…王家が魔物の増加に関わっていると言うのですか?」

 ゴアは唸りながら首を振る。

「あくまでも推測の域を出ていない。ただ、本来であれば王が信頼する者にだけ与えているはずの水晶板が、下級の魔術師たちの手に渡っているのは事実だ」
「黒魔術を得意とする者たちですね?」
「ああ。この件はフランから再三言われていたが、騎士団として扱うわけにはいかなくて……本格的な調査に乗り出す前だったんだ」

 私はハッとして顔を上げる。

 サイラスが話していた水晶板の説明を思い出す。王の間と所持者を繋ぐ魔法の扉。

 ウロボリア国王が住む王宮は高い石壁に囲まれており、特殊な魔法が掛けられているせいで内部への侵入は簡単ではない。加えて、守衛の数も相応なので、そもそも入り込もうとするのは無謀だ。

 でもこれは、正攻法での話。

(もしかして、フランは………)



 私はゴアに礼を言って部屋を出た。
 廊下ですれ違ったエリサから走らないように注意を受け、謝罪を返しつつ、第三班の皆が待つ場へ向かう。息を切らす私を見てフィリップは少しだけ目を丸くした。

「どうしましたか、ローズさん?」
「すみません。今日は早退します。確かめなければいけないことがあるんです」
「一人で行くの?」

 クレアの声に私は頷く。

「プラムのこと、私たちが預かるわ」
「え?」
「まさか連れて行くつもりだった?これだけ居れば安心だし、貴女が彼女を連れて行く方が心配よ」
「……ありがとう」

 私は鞄を漁って、中から小さな巾着を取り出した。
 クレアの手のひらにそれを置く。

「これ、プラムへのお土産だったの。ベルトリッケで買ったんだけど、色々あって渡しそびれちゃって」
「うん。分かったわ、必ず渡しておく」

 そう言ってクレアは力強く私を抱き締めた。

 彼女らしい爽やかなシャンプーの香りがして、私は少しだけ目を閉じる。後ろから「あのさぁ」と弱々しい声が聞こえて振り返った。見るとダースがおどおどと手を揉んでいる。

「もしも……フランを見つけたら、伝えておいてくれねぇか?わけも聞かずに攻撃しようとしたこと」
「すみません、僕の分も……」

 メナードも申し訳なさそうに言い添える。
 私は笑顔を見せて了解を示した。


「それで、貴女はどこへ向かうんですか?」

 フィリップが眼鏡の奥で不安を滲ませた。
 それもそうだろう。無力な私が一人で出来ることなんて限られている。フランを探そうと思う、と皆には伝えていたけれど、自分の意思で去った彼を追うことに、三班のメンバーは肯定的ではない。

 だけど、もう一度会って話したい。
 言われっぱなしは好きではないから。

 私は大きく息を吸って口を開いた。


「北部にある、ルチルの湖です」


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