上 下
46 / 68
第三章 ベルトリッケ遠征

42 治癒と追跡

しおりを挟む



「私たちが訓練していたら、隣の部屋からガラスの割れる音がしたの。それで、見に行った時にはもう……」

 説明するクレアの隣で私はラメールの胸に手を当てる。溢れ出る血を止めることが出来たが、破れた皮膚や細胞を再生するためには、しばらくこの場で治癒を続ける必要がある。

 頭が回らなくなっていた。
 冷静に考えたいのに、関係のないことばかり次々と思い出してしまう。プラムが生まれた時の痛みと喜び、初めて笑ってくれた日のこと、歩き出した驚き。

 追い掛けるにも、何処へ行ったか分からない。


「もしかして……共鳴したんじゃ、」

 メナードの言葉を受けて、部屋に集まった皆の目がフランに向けられた。

「落ち着いて!フランは魔物じゃないって分かってるでしょう!彼を疑うのはもう止めましょう」
「それじゃあ、いったいどうしてこんな場所に魔物がわざわざ挨拶に来るんだよ!?」
「分からないわ、だけど………」

 そこまで言ってハッとした。
 ラメールの胸に付けた両手が震える。

 バタバタと廊下を走る音がして、誰かに呼ばれたのかサイラスが部屋に入って来た。横たわるラメールの身体を見て、立ち尽くす三班の皆に目を走らせる。

「魔物か……?」
「プラムが連れて行かれたの。ローズは治癒で動けないから、私たちで探しましょう」
「だが闇雲に探すのも危険だ!」
「一度、ゴア隊長に連絡を入れます」

 フィリップが慌てて部屋を出て行く。

 隣に座り込んだサイラスが、治癒を続ける私の肩を叩いた。反射的に振り返った先で、確信を持った顔が強く頷く。私は恐ろしくなって首を振った。

「ローズ……プラムが消えたんだな?」
「ええ。そうよ、」
「フランくんに疑惑はあるが、彼が共鳴したのであれば魔物は彼を連れて行くはずだ」
「………先生…何が言いたいの?」
「君が出産する際に立ち会ったのは僕だ。憶えていないだろうが、あの日マルイーズに三体の魔物が同時に現れた」
「偶然だわ。今までこんなことはないもの…!」
「ローズ、噂の件は本当なのか?」
「………っ!」

 サイラスはデタラメを言っている。
 そんなはずはないと信じたいのに、浮かんだ可能性が私の胸を揺らした。今まで一度だってプラムの前に魔物が現れたことは無かった。だけど、今までが単にラッキーだっただけだとしたら?


「ローズ…?プラムの父親って……」

 クレアの声を打ち消すようにガシャンッと大きな音が響いた。見ると、割れたガラスを踏んでフランが部屋の外へ出て行こうとしている。

「馬鹿らしいな。先生は探偵ごっこが好きなのか?」
「なんだと……!?」
「共鳴したのは俺だ。あんたの名推理は正しいよ。俺は北部の英雄なんかじゃない。死に損ないの黒龍が人間の皮を被っただけの化け物だ」
「………っ、黒龍だって…!?」

 ダースが腰から長い剣を抜く。
 その後ろでクレアも銃を構えるのが見えた。

 全部が全部、悪い夢みたいだ。フランは意地悪をよく言うけれど、何もこんな時に言わなくたって良いのに。プラムが居なくなったんだから、少しぐらい真面目にしてほしい。


「フラン……笑わせないで」

 治癒する手元を見たままで私は話し続ける。

「黒龍は貴方が討伐したんでしょう?どうしてそんな嘘を吐くの。こんな時ぐらい、ちゃんとしてよ」
「嘘じゃないんだ、ローズ」
「…………、」
「あんたが知りたがってた真実だよ。俺はルチルの湖で龍の姿を捨てた。プラムのことは俺が探し出す。心当たりはあるから、日没までには連れ帰る」
「フラン…!」
「悪かった。今までのこと、すべて」


 そうして、フランは私たちの元を去った。
 静まり返った部屋の中で誰かが鼻を啜る音がする。

 きっと皆、困惑していた。問いただしたいのに、肝心の本人が居ないのでは何も聞けない。サイラスの話が正しければ、ゴアはすべて知った上でフランを招き入れたらしい。

 すべてとは、本当にすべてなのだろうか。

 私が同居人だと思っていた彼は、四年前に私が浄化出来なかったあの黒龍だったと?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。 「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。 聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。 ※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

処理中です...