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第三章 ベルトリッケ遠征
37 動悸1
しおりを挟む動悸が治らない。
もしかすると、私は一度フランの機嫌を損ねたことで次はどんな要求を受けるか怯えているのかもしれない。可哀想な私の心臓、そんなに恐れることはないのに。
「……ということで、今日は任せて」
「えっ?」
「やーねぇ、ローズ。久しぶりのオフなんだから買い物でもなんでもして来なよ。プラムは私とフィリップで見ているわ。ね、お姉さんと遊んでもらって良い?」
「いい!」
元気よく挙手をして頷くプラムを呆然と眺める。
何がどうしてこうなったのか分からないけれど、合宿は日曜日に突入して、各自オフを満喫することになった。通常であればプラムを連れて街中を散策するが、朝食のときにクレアから「たまには一人で自由に」と有難いお言葉を受けたのだ。
それは非常に嬉しい。
滅多にない機会だと思う。
だけども。
「………フランも一緒なの?」
「荷物持ちが居た方が良いでしょう?」
「ダース、代われ。俺はオフは寝ていたい」
「がははっ!俺は剣を磨くから無理だ」
どうして皆そうしてフランを私に同行させたがるのか。
「ママ、パパ!プラムにおみやげね!」
「私はベルトリッケ産の発泡酒をお願い」
「では私とラメールには歯に優しいつまみを」
「フィリップさん、また歯が欠けたんですか?」
「歯軋りの癖は治らないものです」
頬をさするフィリップに笑いながら、とりあえずフランを見上げてみる。何故よりによって二人なのか。ブスッとした顔で「行くぞ」と言う背中を追い掛けて、私たちは合宿場を後にした。
◇◇◇
今更だけど、フランと二人で出掛けたのは初めてだ。
街を歩けばそれなりに長身でそれなりに顔が良い彼はわりと人目を集める。今までプラムと三人で出掛けることしか無かったから、あまり彼に寄せられる視線なんか気にしたことはなかった。
その多くは女性が放つもので、大抵の場合フランを目に止めたあとで私を見つけ、苦い顔をする。私はべつに彼の何かではないのであからさまな落胆は見せないでほしい。なんなら「彼は恋人ではありません」と書いたプレートを首から下げたいぐらい。
「ローズ、これを被っておけ」
「……なんで?」
羽織っていたジャケットを私に押し付けるから私は首を傾げる。空は予報通りの晴れ模様で、ノースリーブのワンピースがちょうど良い。
「寒そうで見てられない」
「貴方の感覚が分からないんだけど」
「良いから着ろ。あと、もう少し近くを歩け」
「注文が多いのね」
変わらぬ仏頂面でフランは「悪かったな」と返す。
ベルトリッケの街では、何かのお祭りでも行われているのか賑やかな音楽が流れていた。通りにはブーケを売る花屋や食べ物を売る露店が並んでいる。
プラムが喜びそうな可愛らしいブレスレットを見つけて、私は思わず足を止めた。木や天然石で出来た丸いビーズを繋げたもので、ゴムが入っているから一人で着脱できそうだ。フランに断って財布を開く。
「すみません、これをください」
「あらまぁ。いらっしゃい!」
母ほどの年齢の店主が小さな巾着にブレスレットを入れる間、私は店に飾られた他の商品を観察していた。何かの動物の頭の剥製や、木彫りの花瓶など。中でも一際目立つのは中央に置かれた水彩画だった。
「………これは?」
繊細なタッチで描かれた絵画は、小さな湖のようで、雲の合間から差し込んだ光が湖面に反射している。店主は「それは主人が描いたの」と懐かしそうに目を細めた。
「ルチルの湖よ。北部に実際にある場所なの」
「北部に……?」
「ええ。願いを叶えてくれる精霊が棲むと言い伝えられていて、有名な観光名所なのよ」
「そうですか…確かに綺麗ですね」
「そうでしょう?昔は周辺に黒龍が出ると恐れられていたけど、ここ最近ではその影響もなくなって、また訪れる人が増えてるみたい」
良いことだわ、と明るく笑う店主からブレスレットを受け取って私は礼を伝える。
離れた場所で待っていたフランに先ほど聞いた話を伝えると、彼は表情を変えずに「そんな場所は知らない」と言った。メナードあたりならきっと詳しいのだろう。帰ったら早速聞いてみようか。
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