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第二章 ウロボリア王立騎士団
25 嘘吐き
しおりを挟む色々なことが、夢のように思われた。
フランが使った火の魔法は、私の記憶を揺さぶって、蓋をしていた古い思い出と重なった。有り得ないことなのだけれど、私が四年前に聞いた黒い龍の声に似ていたのだ。
もちろん、龍は言葉を発しない。
だからこれは私の作り出した幻想だと思う。
異形の龍は私を抱いて、痛みとショックで気絶した後もそばに居た。人を恐怖に陥れ、破壊して奪うその手で、不器用に私の頭を撫でていた。これらはすべて被害を受けた私が作り出した都合の良い防衛機制の産物で、本当のことではないかもしれない。だけどあの日、龍は確かに喋ったのだ。
───眠れ。お前は充分頑張った、と。
「…………っ!」
バッと起き上がった勢いで、隣に寝ていたプラムが驚いたように飛び上がった。
「ママぁ、どうしたの?おなかいたい?」
「ん……いいえ、大丈夫」
「プラムまだねむい…」
「もう一回眠りましょう。起こしてごめんなさい」
娘の背中をトントンしながら部屋を見渡す。
いつの間にか、王都の家に戻っていた。
フランが運んでくれたのだろうか?
私はいったい彼に対していくつの恩を作れば気が済むのか。海中で命を救ってくれただけに留まらず、今度は閉じ込められた廃病院で龍から守られた。
あの様子だと白龍は相当弱まっているはずだから、簡単に捕らえられただろう。私以外の聖女が浄化をしたのか、それとも日を改めて今日、浄化することになるのか。
肝心なときに意識がないのは残念なことだが、とりあえず足りない記憶はフランからの説明で補おう。オーロラとも話して、私が逸れていたことを知らせないと。
とりあえず起きようと、プラムに触れないように身体を滑らす。ベッドから降りたところで、何か柔らかいものを踏ん付けた。
「………っひ!?」
慌てて自分の口を手で覆う。
目付きの悪い双眼をこちらに向けるフランの姿があった。
私が踏んだ腕をさすりながら、黙ってリビングへ行くように促されたので、私はそのままそろそろと部屋を出た。後ろから続いてフランもリビングに入って来る。
「ごめんなさい……あんな場所に居ると思わなくて、」
「せっかく運んでやったのに、あんたが俺の手を離さなかったんだ。まさか御礼がこの仕打ちとは」
「ごめんってば!」
色々なことが頭に浮かんで気不味いので、私は気を紛らわせるためにお湯を沸かす。
戸棚を開けて紅茶の茶葉を取り出した。まだ早いので、ミルクと砂糖が多めのミルクティーが飲みたい気分。フランに聞くと「砂糖はなしが良い」と返答があった。
昨日のことを聞いて良いだろうか?
まごついていると、彼の方が口を開いた。
「今日は休みを取って家に居ろ」
「ダメよ。白龍の浄化をしなくちゃ…!」
「その件だが……白龍のことは誰にも報告しないでほしい。俺がしたこともすべて」
「そんな…!じゃあ私は、」
「あんたは低級の魔物によって幻想の中に閉じ込められた。そこで俺がその魔物を討伐して救出に成功した。何か聞かれたら、そういう風に話せば良い」
「フラン………!」
納得のいかない私を、椅子に座ったフランが見上げる。
「俺はローズを助けた。少しはそっちも協力しろ」
「……分かったわ。だけど、嘘は好きじゃない」
「残念だったな、思ってるよりあんたの周りに嘘は多い」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
それっきりフランは口を噤んだので、私は沸騰したお湯をカップに注いで熱々のミルクティーを彼の前に置いた。自分のものには角砂糖を二つほど落としてみる。柔らかな色合いの紅茶に、ブラウンの砂糖が溶けていく。
「………貴方も、」
「?」
「何か私に嘘を吐いている?」
カップの縁に口を付けたままで、フランの黄色い瞳がこちらを見据えた。私は落ち着かなくて、所在なく手を擦り合わせる。
「なんてね。命の恩人に失礼な態度よね、」
「吐いてるよ」
「え?」
「俺は嘘吐きだ。でも、あんたは知らなくて良い」
「知りたいと願っても……?」
視線の先で少しだけフランの瞳が揺れた。
首を振ったのはきっと、拒否の印。
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