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第二章 ウロボリア王立騎士団

20 龍の最期

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 その夜、プラムを寝かし付けてから私はリビングでフランが帰って来るのを待っていた。

 午前中は休みを取っていたらしいけど、午後の訓練はそんなに長引いたのだろうか。「起きてパパを待つ」と駄々を捏ねていた娘を先に寝させて正解だった。こんなに遅くなるならきっと彼女は待てないから。

 物音がして私は玄関を振り返る。


「ローズ……起きてたのか」

 そこには雨に打たれて身体を濡らしたフランの姿があった。私が帰る時はまだ曇りだったけれど、この数時間の間に天気は機嫌を損ねたみたいだ。

「大丈夫?タオルを持って来るわ」

 私はパタパタと洗面所へ走る。
 適当にタオルを引っ掴んでフランの元へ戻った。

 水に濡れた白いシャツを半分ほど脱いだフランは髪から滴る水滴を鬱陶しそうに頭を振る。私の方まで飛んできたので思わず目をぎゅっと瞑った。

「貸してくれ。自分で拭ける」
「風邪を引いたら大変よ、私も手伝う」
「大丈夫だ。あんたも濡れるぞ」
「もう誰かさんのせいで水を被ったわ」

 冗談っぽく答えるとフランはもう何も言わなくなったので、私はタオルを片手に背中の方へ回った。

 ふと顔を上げると、腕の付け根に雑に巻かれた包帯が目に入る。白い包帯の下からは青黒いアザのようなものが覗いていた。以前脱衣所で鉢合わせた時には気付かなかったけど、いつの間に怪我をしたのだろう。

「これ………」
「見せ物じゃない。黙ってタオルを俺に渡せ」
「ちょっと、私の親切心にその返事は無いんじゃない?同居人が風邪を引かないように私も心配してるの」
「単なる押し付けだ」
「素直じゃないわね……」

 腹が立ったのでタオルを投げ付けて私はキッチンの方へ向かった。温かい飲み物でも淹れようと思ったのだ。

 これは押し付けではなく自分のためでもあるので、とりあえず二人分の湯を沸かそうとコンロに火を点けた。チチチッと音がして青い炎が揺らぐ。


「フラン、シャワーの後で少しだけ話せる?」
「短いなら今聞く」
「お茶を飲みながらでも、」
「要件だけ言え」

 本当にこの男が女にモテるのだろうか?
 にわかに信じがたいのだけど。

「貴方が北部の討伐で名を馳せたことは既に知ってる。そこで、教えて欲しいの……黒い龍を討伐したっていう話は本当?」
「………誰に聞いた?」
「メナードが、たぶん貴方だろうって」

 机の上を見つめていた黄色い瞳がスッと細められる。

 私はどんな答えが返って来るのか、内心ドキドキして落ち着かなかった。龍の最期を知ることは、私にとって一つの区切りでもある。そして、おそらくプラムにとっては永遠に彼女の本当の父を失うという意味を持つ。

 黙り込んでいた私の顔をフランが覗いた。
 嘲るような笑みが口元に浮かんでいる。


「俺が殺した、と答えたらどう思う?」
「え……?」
「魔物を討伐するのは人間の責務だろ。正義に従って俺たちは奴らの命を狩るんだ。消した魔物のことなんざ、いちいち憶えてない。記憶するだけ無駄だから」
「そう…分かったわ……」
「何か、意味でも?」
「意味?」

 聞き返した先にもう笑顔は無かった。

「龍が死んだらローズは悲しむのか?」
「どう、して……そんなこと、」
「あんたが俺のことを知ってるように、俺だって知ってることがある」

 私はハッとして目を見開く。
 心臓が倍速で脈打つような苦しさを覚えた。

「ローズ・アストリッドは四年前、北部の遠征で負傷して暫く討伐隊から外れた。フリーで活動してたらしいが、どうして?」
「…………、」
「記録では龍の巣穴で発見されたんだってな。一人で対峙したのか?随分と勇敢な聖女だ」
「………討伐は…失敗したわ」
「へぇ、残念だな」
「だから貴方が討ち取ったか知りたいの!あの龍の息の根を止めたのなら、教えてよ……!」

 フランの黄色い瞳がわずかに揺れる。

 私はきっと鬼のような形相をしているのだろう。自分の過去を蒸し返されて、無能な聖女だと暗に揶揄するような発言を受ければ、誰だって怒ると思う。


「殺したよ。もう心配しなくて良い」
「………本当に?」
「ああ。黒龍はあんたの前には現れない」

 悲しいのか、安心したのか分からない。
 ただ、この涙が龍の死に捧げるものであることは本当。

 机に突っ伏して嗚咽を漏らす私の頭を、フランの大きな手がぎこちなく撫でる。愛想のない男なのに、こんな時に気紛れな優しさを見せるのはやめてほしい。

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