9 / 68
第一章 マルイーズの穢れた聖女
07 黒い影
しおりを挟む動きがあったのは二度目の潜水の終わり。
昼休憩が終わって、水に慣れるために少し早めに入水していただけあって、二度目は最初ほどの泳ぎにくさはない。魚のようにスイスイとまではいかないが、皆に遅れを取ることはなくなった。
「ねぇ……この辺だけ珊瑚が枯れてない?」
「あん?言われてみれば確かに…」
クレアとダースの会話を聞き、私も顔を近付ける。
他の場所では鮮やかな赤や緑色だった珊瑚が、私たちが見下ろす場所だけ燃え尽きたように白色化している。指先で触れると炭のようにポロポロと崩れ落ちた。
「……魔物が触れた跡だわ」
「やっぱりそうなの?」
「間違いないと思う。相手が火の属性であれば、熱を発して攻撃するはず」
「水の中だぞ……!?」
「凍てつく雪山にも火の属性を持つ黒龍が居たから」
「ローズ…見たことがあるの?」
クレアの問い掛けに私はただ頷いた。
見たことがある。
触れたこともある。
黒い鱗、鋭く尖った凶器みたいな爪。吐き出される獣の荒い息。私は今だって覚えている。あの焼けるような熱を簡単に忘れることは出来ない。
「とにかく、火の属性なら水の力を借りて浄化すれば良い。幸いにも今回は海中だから簡単に出来ると思う」
「さすが聖女様!さっそく罠を張りましょうか」
「ええ………」
胸の内がザワザワしていた。黒龍のことを考えたからだろうか。自分で勝手に記憶の蓋を開けたくせに、私は落ち込んでるっていうの?
しっかりしなきゃ。
プラムが待ってるんだから。
「私は向こうで罠を隠せそうな海藻を探すわね」
「はーい!おねがい!」
元気よく返事するクレアはダースと一緒にせっせと袋状になった網に魚を追い込んでいる。餌を作って、そこに魔術師のラメールに頼んで魔物が好むエキスでも振り掛ければ、運が良ければ明日には片付くかもしれない。
浄化した魔物は海へ返すのだろうか?
研究所で解剖する可能性だってある。研究者たちは魔物がどういう経緯で発生したのか解明することに尽力しているから、サンプルを集めて共通項を見つけるのに必死だ。
プラムを出産した後、家に訪れて来た専門家たちのことを思い出して胸が詰まった。「本当に人間の子ですか?」という率直な質問に、私はなんと答えたんだっけ。
(…………あれ?)
ぶわっと何かが目の前の水を掻く。
考え込んでいたうちに遠くまで来てしまったようだ。慌てて来た道を戻りながら、後ろに大きな生き物の気配を感じていた。背中をチリチリと焼くような熱気を感じる。先ほどまで冷えていた水がぬるいのは何故か。
後ろに居るのだ。
プリオールの海域を荒らす、大魚が。
「クレア!ダース……!!」
精一杯の声で叫んだ瞬間、ゴボッと大量の空気の泡が口から飛び出した。息を吸うと、酸素ではなく温かくなった水が喉へ勢いよく入って来る。
カプセルの効果が切れたんだ、と思った瞬間、回り込んだ大きな尾ひれが私の方へ飛んで来た。咄嗟に突き出した右腕に凄まじい痛みを感じる。
念じているけれど浄化が効いているのか分からない。
何も見えないし、何も聞こえない。
プラムの元へ、帰らなければいけないのに。
222
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる