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第一章 マルイーズの穢れた聖女
01 遠征の招集
しおりを挟む私の名前はローズ・アストリッド。
陰では『穢れた聖女』と呼ばれている。
四年前、私の人生は大きく変わった。あれは認定聖女としての初めての仕事だったと思う。西の山脈で暴れる黒龍を浄化するために討伐隊に選ばれた私は、選ばれた他の騎士や魔術師と共に山を登った。
しかし、冬の山は天候の変化が激しく、雪崩に襲われた討伐隊は散り散りになってしまった。実際に命を落とした者もいたと後で聞いた。
幸いにも私は死ななかった。
死んだ方が良かったと、思わなかったことがない言えば嘘になる。何度だって後悔はしたから。
私が紛れ込んだ洞窟は、黒龍の巣穴だった。
気付いた時には強い力で押さえ付けられて、人ではない何かに犯されていた。恐怖で身体は震えたし、痛みで意識は飛んでいきそうだった。だけど、黒龍の目を見て、そうした怯えは消えた。
見たことがないくらい、孤独な目をしていたのだ。
瞬きを繰り返す大きな瞳は深い悲しみを湛えていた。
だからと言って、山の麓を襲った元凶でもある龍を野放しには出来ない。勇気を出して、浄化する必要があった。初仕事で大舞台に選ばれた結果を残すためにも。
だけど、私には出来なかった。
私は聖女としての輝かしい未来と引き換えに、魔物の子を授かった。複雑な心境ではあったけれど、日々大きくなる命に愛を感じて、一人で産んで育てた。幸いにも娘は人の形をしていて、一見すると魔物の子であるとは分からない。
「ローズ、おはよう!今日の仕事貴女と一緒だなんて!」
「メリル!久しぶり、元気してた?」
「もう、へっとへとよ。サルートとバニラが毎日走り回って家中ぐちゃぐちゃ。そっちはどう?」
「うちは……一人っ子だから」
でもイタズラはするわ、と言い添えて少し笑って見せた。
同期で認定聖女となったメリルは双子の男女を育てている。今年からアカデミーの初等部に入学するそうで、試験準備で慌ただしいと以前から溢していた。
「それにお金が掛かるの。初等部だからって舐めてたけど、アカデミーって結構いっぱいお金が必要なのよ」
「そうなの?」
「そうよー!ローズも呑気に出来ないわよ、プラムもあと数年後の話なんだからね」
「うぅ……」
私は閉口して苦い顔をする。
メリルは私の顔を見て、心配そうな表情をした後で「そういえば」と口を開いた。何か妙案が飛び出しそうな口振りに私は期待を滲ませて顔を上げる。
「ウロボリア王立騎士団が聖女を募集していたわ」
「王立騎士団……?」
「なんでも西の海域を荒らす大魚を討伐するんですって。普通の魚に呪いを掛けて大きくしたんじゃないかって噂だけど、どうなのかしら」
「討伐隊かぁ…どうしよう……」
頭の奥で苦い思い出が蘇る。
「報酬が桁違いだったから、時間と度胸があるならオススメなんだけどね。まぁ、一旦考えてみなよ!」
「そうね………」
私たちは二人して教会の中で古くなった建物の浄化に取り組み、神父の長い話に相槌を打って帰路に着いた。施設に預けていたプラムのことを考えながら歩みを進める。
凝り固まった肩を回していると、反対側から来た少年たちとすれ違いざまにぶつかった。
「ぎゃー!穢れた聖女と当たった!穢れが移るぞ!」
「うげぇ、こっち来んな!」
少年たちの声にギョッとして思わず声を張り上げる。
「コラー!なんてこと言うのよ!」
「だって父ちゃんがローズは魔物の番だって!」
「嘘ばっかり、聖女が魔物の番なわけないでしょう」
「ごめんなさいって……!」
逃げ惑う少年を捕まえて手首を捻りあげると、泣き出しそうな顔で謝罪を始める。
まことしなやかに囁かれる私の過去の話は、大人たちの間を回りに回って、子供の耳にも届いているようだ。プラムの出生の話は誰にも話していないけれど、親しい恋人も異性の気配もなかった私があのタイミングで妊娠したのだから、疑われても仕方ないのかもしれない。
再び駆け出す子供達を眺めながら、パンパンとスカートを叩く。討伐隊の件、本気で考えてみようか。
プラムがアカデミーに上がる前に引っ越しをすることも検討していた。変な噂が彼女の元まで降ってくる前に、この住み慣れた街を出るのも一つの手だ。小さな田舎町では噂は毒のように回っていくから。
(…………ごめんね、プラム)
夕焼けの下をとぼとぼと歩く。
長く伸びた影がどこまでも付いて来た。
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