上 下
2 / 68
第一章 マルイーズの穢れた聖女

00 プロローグ

しおりを挟む


 主よ、今日もどこかで見ていますか?

 昨日街角で投げ付けられた石は、私の頭に小さなたんこぶを作りました。でも、悪いことばかりではないのです。家に帰るとプラムが私の真似をして「痛いの痛いのとんでいけ!」と魔法を掛けてくれました。

 プラムはもう三歳になります。
 おしゃべりも上手で、小さなお姉さんみたいです。


 主よ、まだ私を許してはいませんか?

 私が裁けなかったあの黒い魔物のことを時々夢に見るのです。あれは悲しい目をしていました。情けを掛けて浄化に手間取った私が悪いことは理解しています。

 だけど、どうか……
 あの魔物にも穏やかな余生を与えてください──




「ママ!」

 どすんっと身体の上に乗る愛娘の声で目が覚めた。
 全開にされたカーテンから光が降り注ぐ。

「ママ、おきて!朝だよ!」
「プラム!ごめんなさい、寝坊しちゃったわ」
「わたしパンを食べるの。ママもパン?」
「そうねぇ、時間はあるかしら……」

 壁に掛かった時計は八時を少し過ぎたところ。

 今からパンを焼いてジャムを塗っている余裕は無さそうだ。こんがり焼けたトーストを噛み締める幸福感を頭から追い出して、私はベッドから飛び降りた。

「ごめんねプラム、ママ遅刻しちゃいそう。貴女のパンを用意するからおててを洗って待っててくれる?」
「わかった!プラムはミルクも運べるよ」
「お利口さんね。じゃあ、ママはパンを焼くわ」

 栗色の毛を一度だけ撫でて、私は棚からパンの塊を取り出す。慎重にスライスしたつもりが、やや不恰好な姿になった厚めのパンをトースターに突っ込んだ。

 その間にクローゼットまで掛けて行き、白いタイトなスカートと揃いの白のジャケットに着替える。鏡の前でくるっと舞うと、スカートの裾に泥が跳ねているのを見つけた。

(げげっ……洗濯で落ちなかったの?)

 前回着たときのことを思い返しながらリビングに戻ると、プラムがせっせと冷蔵庫の前に自分の椅子を運んでいる。小さなアシスタントのために冷蔵庫の扉を開けてあげた。


「お利口さん、ミルクを探してる?」
「そうよ!ママもミルクは飲める?」
「ありがとう、いただくわね」

 笑顔を返すとプラムの表情がパッと明るくなる。

 もう少しパンが焼けるまで時間があることを確認して、洗面所に急足で向かい、軽く化粧を施した。私は聖女として人々の治癒や魔物、呪いの掛かった呪物の浄化をすることで生計を立てている。聖女なんて言ったら聞こえは良いけれど、収入には波があるし、安定した生活ではない。

 三年前までは、自分がこんなその日暮らしの生活を送ることになるとは思っていもいなかった。

 聖女の試験に合格して、国が認めた認定聖女になった私の未来は明るいものだった。たくさん活躍していつかは歴史に名を残すような聖女に成りたい、なんて思ったりして。


「ママー?」

 台所からプラムの声が飛んできてハッとする。
 慌てて食卓に着くと手を合わせた。

「「いただきます!!」」

 はむっと小さな口がパンに齧り付くのを見てから私もミルクを喉に流し込んだ。もう残り少ないし、安く売ってくれるところを早く見つけないと。

 パンも牛乳も安くはない。
 だけど私は母親として、プラムを飢えさせるわけにはいかない。出来るだけ貧しさを感じさせないように、惨めな思いなどしないように、彼女を支える義務がある。

「おいしい?」
「うん!おいしいよ、ママ!」

 返ってきた満点の笑顔にただただ頷いた。
 弧を描く黄色い瞳にふっくらした頬。

「今日は早く帰れそう。一緒に晩御飯作ろうか?」
「やったー!早く迎えに来てね!」
「もちろん、約束よ」

 小さな指に小指を絡めて約束を交わす。

 仕事道具の入った鞄を引っ掴んで、見送ってくれるプラムを抱き締めると、すでに日が上った朝の街へ繰り出した。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで

海空里和
恋愛
ラヴァル王国、王太子に婚約破棄されたアデリーナ。 さらに、大聖女として国のために瘴気を浄化してきたのに、見えない功績から偽りだと言われ、国外追放になる。 従者のオーウェンと一緒に隣国、オルレアンを目指すことになったアデリーナ。しかし途中でラヴァルの騎士に追われる妊婦・ミアと出会う。 目の前の困っている人を放っておけないアデリーナは、ミアを連れて隣国へ逃げる。 そのまた途中でフェンリルの呼びかけにより、負傷したイケメン騎士を拾う。その騎士はなんと、隣国オルレアンの皇弟、エクトルで!? 素性を隠そうとオーウェンはミアの夫、アデリーナはオーウェンの愛人、とおかしな状況に。 しかし聖女を求めるオルレアン皇帝の命令でアデリーナはエクトルと契約結婚をすることに。 未来を諦めていたエクトルは、アデリーナに助けられ、彼女との未来を望むようになる。幼い頃からアデリーナの側にいたオーウェンは、それが面白くないようで。 アデリーナの本当に大切なものは何なのか。 捨てられ聖女×拗らせ従者×訳アリ皇弟のトライアングルラブ! ※こちら性描写はございませんが、きわどい表現がございます。ご了承の上お読みくださいませ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...