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第一章 女王とその奴隷

17.主人と下女

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「どういうおつもりですか……?」

 私は出来るだけ不機嫌が声に滲まないように、先を歩くロカルドに訴え掛けます。着ていたメイド服や地味な茶色のローファーはすっかりまとめられて、彼が手に持つ紙袋の中に納まっていました。

 代わりに私はふわふわと裾が広がる淡い水色のワンピースに、白いヒールを履いています。どういうわけかラビットファーのティペットまで巻いているので、私は鏡を見るのが恐ろしくなりました。きっと服に着られるとはこのような状態を言うのでしょう。

「なにが?」

 ロカルドは気にする様子もなく車に乗り込むと、キーを差し込んでエンジンを掛けます。ゆっくり話し合いたいところですが、置いて帰られても困るので私は慌てて助手席のドアに手を掛けました。

 走り出した車内は静かで、私はどうやってこの憤りを彼に伝えるべきかと思いあぐねていました。女性服の店でロカルドは、私の服を丸っと着せ替えたのです。これは次の月の給料から天引きされるのでしょうか?それならばそうと事前に教えてほしかったのですが。

「あの……こんなの、払えません」

「払う?」

「このお洋服代をお給料から引かれたら、私は来月の家賃が払えなくなってしまいます。すみませんが引き返して返品を…」

「それは俺が勝手にやったことだ。心配しなくても君に支払いを命じたりしない」

 こちらを見ずに前を見据えてそう言い切るロカルドに、私はますまわけが分からなくなりました。

 混乱する頭を抱えて困っていると、ルームミラー越しに私の表情を確認した主人は可笑しそうに口の端を上げて笑います。ドクッと心臓が変に跳ねました。

「君の看病に対する礼のようなものだよ。どうか、そんなに気負わず受け取ってほしい」

「しかし、」

「俺がオデットにも同じように服を贈ったら君は納得してくれるのか?」

 冗談っぽくそう言うロカルドを見て、私は思わず笑ってしまいました。車はすでにミュンヘン邸の敷地内に入っていて、わざわざドアを開けてくれる我が主人に頭を下げて私は地面に足を着けます。

「分かりました。ではせめて、夕食を作ります」

 言いながら冷蔵庫の中身が少し心配になりました。
 肉や魚は何か使えそうなものがあったでしょうか?

 しかし、足早に厨房へ行こうとする私の腕をロカルドが引きました。私は驚いてつんのめりそうになって、後ろを振り返ります。

「君が色々と着替えてくれている間に、出来合いのものでよければ買っておいた。好き嫌いが無ければ良いが」

「え?私の分もあるのですか……?」

「まだ五時少し過ぎだ。勤務時間内だから、一緒に食べてくれても良いだろう?」

 そう言われると、私はもう何も言えません。
 今日はほぼ仕事らしい仕事はしていませんし、どちらかというとロカルドの方が運転をしたり夕食の調達をしたりと動き回っています。おまけに服まで買い与えられているとなれば、私は自分が下女として失格なのではないかと怖くなりました。

 今日一日を振り返ると、私たちの行動はまるで──


「アンナ、君とデート出来て楽しかった」

「デート……?」

「付き合わせて悪かったな。良い思い出になったよ。買ったものを渡しておくから、皿の準備だけ頼んでも良いか?」

「え、ええ…もちろんです」

 私はロカルドから自分の制服の入った袋と、食べ物が入った茶色い紙袋を受け取ります。受け取った際にクラムチャウダーのような美味しそうな香りがしました。

 自室に向かうロカルドを見送って私はロッカーに寄ってから厨房へ行くことにしました。

 気まぐれなロカルド・ミュンヘンの提案はあまり心臓に良くないことが多い気がします。こうして一緒に居ると馬鹿な私は自分たちの関係を忘れそうになるのです。

 私たちは昼は主人と下女。
 夜は奴隷と女王に逆転します。

 どこまでいっても、私たちの間に挟まるのは金という絶対的な指標のみで、愛や恋といった不安定なものは初めから存在しないのです。

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