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第二章 シルヴェイユ王国編
42.殿下、それはバッドタイミングでは?
しおりを挟む「いいか?叫ぶな、絶対に」
周囲の様子を窺いながら慎重に私の口から手を離すロイに、ブンブンと首を縦に振って頷く。危うく窒息するところだった。手加減というものを知ってほしい。
「こ…ここって……」
「俺の部屋だ」
「ロイ…!ロイ、ごめんなさい…」
「大丈夫だ。泣かなくて良い、俺も、」
「いや、悪いんだけど先に服を着てほしくて」
目のやり場に非常に困る。
あまりにも肌色が過ぎる。
感動の再会とかそういった御涙頂戴イベントにもイマイチ入り切れないから、とりあえずロイに着替えてもらっている間に私は部屋の観察をすることにした。
自称皇太子というのはどうやら本当だったようで、私の1LDKの部屋より圧倒的に広い。クイーンサイズなのかキングサイズなのか、はたまたもっと大きいのか知らないけれど、悠々としたサイズ感のベッドでは関取が二人並んでも快眠できそうだ。
そうこうしている間に服を着て戻って来たロイを見て私は絶句した。白いシャツに黒いズボン。至ってノーマルな服を着ている。てっきり白タイツに腕ポワンなコスプレで現れると思っていたので拍子抜けした。
「待って……白タイツは…?」
「ああ。あれは趣味というか、まあ」
「趣味…?」
「俺は古き良き時代に憧れを持っているんだ」
「ほう?」
「何事も効率やら利益を求めて生きていたら本当に大切なものを見失うからな、たまにああやって昔の服装を着て思いを馳せてみたりするんだよ」
「………えっと、ちょっと分からないけど」
突っ込むとややこしそうなので一先ず流しておくことにした。日本で言うところの、懐古主義というか、懐メロ好きとか昭和オタクとかそういう感じなのだろうか。
形から入るにも程度があるのでは、と少し思ったけれどこういう面倒なのは流すのが一番。
「じゃあ、ここはシルヴェイユ王国ってこと?」
「そうだな。また会えると思わなかった…もう二度と会えないとばかり……」
「ロイ……」
なんだか良い雰囲気な気がする。
これはもしかして再会のキス的な…
「殿下ー!!殿下ー!!!」
大声で呼ぶ声と激しくノックする音で私たちはビクッと肩を震わせた。「執事長が来た」と嫌そうな顔で部屋の入り口を見遣るロイに、私は自分がどこに隠れれば良いか問う。ロイは少し迷った挙句、ベッド下のわずかな隙間を指差した。
え、こんな場所に入れるの?
しかし、こちらの都合も知らずにドアを叩き続ける執事長にこれ以上怪しまれても困るので、私はなんとか身体を滑り込ませてベッドの下に隠れた。きちんと清掃されているとは思うけれど、あまり良い気分ではない。
やっと解錠された扉を押し入って入って来た執事長の男は、声音からして結構年配なようで、少しばかり咳き込みながらロイに話し掛けている。時折聞こえる単語を拾いながら頭の中で並べていると、驚いたようにロイが大きな声を出した。
「は?今から部屋に来る!?」
「はい。ブリジット様が殿下のお部屋でお話がしたいと仰っているそうでして……」
「応接室で良いだろう。俺の部屋は準備が、」
「いつも通りお綺麗にされていますよ。それにもう、国王様が承諾されてしまったのです。あ、廊下の向こうにいらっしゃるのはブリジット様ではないでしょうか?」
ちょっと待って。
なになに、いったい何が起ころうとしているの?
(ブリジットって誰……?)
何者か分からないけれど、おそらく誰かが今からこの部屋に入って来ようとしている。名前的に女性であることは間違いないと思うが、ロイとの関係性が読めない。まさか、このタイミングで婚約者が来るなんてことはないだろうけど。
いや、もしかしなくても、十分に有り得る?
息を呑む私にお構いなく、カツカツと廊下を蹴るヒールの音が近付いて来た。部屋の前で足音は止まって、代わりに甘ったるい女の声が聞こえてきた。
「お会いしたかったですわ。ロイ様」
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