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第一章 異世界からきた皇太子編

39.殿下、それは……

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 ぼんやりとした意識の中で瞼の向こうに光を捉える。

 深く息を吸い込みながら、思い出すのは昨日のこと。異世界から来た自称皇太子、そして私に癒しを提供してくれる優秀なヒモであるロイと一線を超えてしまった。

 もしかして夢ではないか、と疑ったけれど久しぶりに無理をした身体はまだ重たいし、たぶん現実なのだと思う。

(想像以上に気不味い……)

 私はどんな顔で彼に挨拶すれば良いのだろう。いつもみたく笑顔で「おはよう!」なんて言えば良い?でも、あんな夜があった後で、今まで通りに距離を保った同居人で居られる?

 婚約者持ちの男(王子かつイケメン)に手を出したなんて、物語でいうところの完全なる当てウマ。感想欄が大荒れして批判バッシング待ったなし案件なのでは。

 どうしよう。
 勢いでした、で済む話?

 そもそも、シルヴェイユ王国という未知なる世界から来たロイとそういった関係になるってどうなのだろう。でも実体のない幽霊でもないし、ノーカウントというわけにもいかないだろう。

 スッと擦り合わせた脚の間にまだロイの温もりがあるような気がして顔が熱くなった。

「……よし、」

 ここは、きちんと話し合いをする必要がある。お互いの気持ちを曝け出して、私は謝罪も交えつつ、今後のことを決めなければいけない。つまり、何事もなかったように元の関係に戻るのか、それとも新しい関係を構築するのかについて。

 ベッドから降りてスライドドアを押し開けた。


「…ロイさん……?」

 しかし、ソファベッドの上に見慣れた金髪は居なかった。

 先に起きてシャワーを浴びているのだろうか。そんなこと一緒に暮らし始めて一度もないけれど。耳を澄ましても水音は聞こえて来ない。

 それとも早朝ランニングに行ってる?
 朝が苦手な彼が、私に黙って?

「ロイ、どこ……?」

 心臓がバクンバクンと騒ぎ出す。彼はいつまで一緒に居たのか。眠りに落ちたのが、どちらが先だったのか思い出せない。最期の記憶は、疲れ果てた私を後ろから包み込むように抱き締めてくれたこと。

 そうだ、一緒に目覚めるはずだったのだ。
 同じベッドで私たちは、二人で。


「……ロイ!返事をしてよっ!!」

 1LDKの部屋に私の声が響き渡る。玄関まで走って行くと、脱ぎ散らかした二人分の浴衣が落ちていた。

 嘘じゃない。確かに存在したのに。

 一緒にお祭りに行った。彼は射的をして、手に入れた指輪を私に付けてくれた。慣れない下駄で歩けなくなった私を背負って、雨の中を濡れながら二人で家まで帰った。

 そうして玄関で伝えてくれた。
 好きだって、言ってくれた。


「嘘吐き…帰りたくないって言ったのに、」

 ぼろぼろと溢れて来る涙は、もう誰も拭ってはくれない。

 テーブルの上には、昨日の朝までロイが真剣に取り組んでいたルービックキューブが置いてある。暇潰しに良いかもしれない、と買ったもののお互いクリア出来なくって悶々としたんだっけ。全部全部、嘘みたいだ。

 信じられない。


 見送ることも、別れを惜しむこともできずに、
 異世界から来た王子様は突然私の元を去った。


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