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第一章 異世界からきた皇太子編

38.殿下、それは乙女ゲームです▼

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 おそらく、私の人生において一番幸せな時間だった。

 初めてというわけでもないのに酷く緊張したし、溢れる声や吐息すべてが自分のものではないような気がした。

 暗がりの中で唇を重ねながら、水を吸った重たい浴衣をロイが脱がせたことは覚えている。彼自身もまとわりつく重い塊を鬱陶しそうに玄関に脱ぎ捨てて、まるでそうすることが当然であるかのように私を抱き上げた。

 何度も言うけれど、私は成人向けゲームを大好物とするわりに生身の人間が相手となると耐性がない。いつもおどけた態度を取る同居人の、普段と違う姿に戸惑ったし、目の遣り場にも困った。

 それはベッドに降ろされても同じで、爆発しそうな心臓の音をどう隠すか考えながら、自分に触れるロイの指先に意識を乱されていた。


「……お前、あの変なゲームから何を学んだんだ?」
「ゲームはゲームです!」
「いや…あまりにも、」

 何か言いかけたロイの続きを待ったが、面倒になったのか、言葉の代わりにまた抱き締められた。

 知らなかった。異世界から来たあの白タイツ王子が、意外にも立派な身体付きをしていたこと。毎日見ていたのに、腕だってこんなにも私とは違う。

「ロイさん、たぶん、こういうの良くないです」
「今更酷なことを言うんだな」
「でも…!貴方は……」
「これでも随分我慢した方なんだ」
「………っ」
「第一、最初にルール違反したのはメイだろ」
「え?」

 驚く私に向かって、ロイは面白がるようにホテルに泊まった日のことを語る。私は信じがたい気持ちで、半ば他人事のようにコトの顛末を聞いていた。

「わ、私がキスを……?」
「おう」
「それも一回でなく何度も?」
「もう、それはそれは濃いのを数回」
「……!」

 なんてこと。私はボランティア感覚で家に招き入れた婚約者持ちの男相手に酔って言い寄った挙句、接吻をかましたということだろうか。

 それならそうと早く言ってほしい。
 反省なり注意なり、出来ることはあっただろうに。

「すみません、軽率な行動を…」
「軽率だったのか?」
「?」
「俺は嬉しかったよ」

 伸びてきた手がスルッとブラの肩紐を外す。ロボットのようにぎこちない私の態度は、その辺の童貞男子よりも緊張を表しているだろう。

 どうして、この自称皇太子はこんなにもナチュラルに進めるのか。というか同意した?待って待って、そもそも何故こうなっているんだっけ?

「……ロイさん、なんで私とこんな…」
「好きな女にキス以上を求めるのは普通だろう?」

 手を取って口付けながらそんなことを言われると、頑固な頭も溶けてしまいそうだった。あのロイが、電車に怯えて、納豆を怖がるあのロイが、私を好き……?

 それはつまり、好意を抱いていると?
 いったいどうして。

「そ、それは、動物実験で雛鳥が親鳥の後を追い掛ける的なあれでは…?」
「は?」
「この世界で出会った最初の人間が私だから、」
「メイ、そろそろ限界だ」
「だって……」
「俺は一人の女としてお前が良い」

 言うなり覆い被さって来た身体は、いつも優しく抱き締めてくれた癒しの提供元と同一人物とは思えないほど、熱くて荒っぽい。彼にも余裕がないのだろうかと少し思った。

 でも、実際に余裕の欠片すらないのは私の方で、何がなんだかよく分からないうちにドロドロ溶け合うように交じり合うと、私は自分が女であることを嫌でも思い出した。

「メイ…ずっと、こうしたかった」

 耳元で囁く声に、私も、と伝えることが出来たのか記憶にない。緊張と羞恥が渦巻く中で、私の中には確かにロイを求める欲があったし、親切な飼い主なんて生優しい皮を被っていながら、彼を男として意識しなかった日はない。

 我ながら酷い同居人だと思う。

 恋人を探すと言い伝え、笑顔で送り出すと決めていたくせに、実際のところ心の奥底ではこうして愛されることを望んでいた。ロイが癒しという名目で抱き締めてくれていた5分間に、間違いなく私は女の幸せを感じていた。


「ごめんなさい…良い飼い主になれなくて」
「……そばに居られるなら何でもいいよ」

 もう、ただの同居人には戻れない。明日から私はどうやってロイに接すれば良いのだろう。夢中でお互いを求めていると、分からなくなる。そんな私を嘲笑うように、面倒なことは後で考えたら良いのだと、淫らな悪魔は私を諭す。

 しかし、一つだけ私は忘れていることがあった。

 神様というのは本当に気紛れ。何の前触れもなしに平凡な私の生活を一転させたくせに、平気で手のひらを返したりする。勝手に与えた玩具を、気に入ってもう手放せなくなった後で「ああ、これは貴女のものではなかった」と取り上げてしまうように。


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