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第一章 異世界からきた皇太子編
34.メイ、それは残酷だ◆ロイ視点
しおりを挟む「すみません、じゃあ行ってきますね」
「んー…おう」
ソファベッドの上に寝たまま手を振る。
視界の端でヒラヒラと去って行く白いスカートを見送る。ゆっくりと玄関の扉が閉まる音がして、もどかしい気持ちで上体を起こした。
リビングのテーブルの上には「温めて食べてください」というメモ書きと、ロールパンの間にスクランブルエッグやハムが挟まったものが皿に載っている。電子レンジと呼ばれる機器の取り扱いも、この家に居る間に随分と慣れた。
流し場へ移動してコップに水を汲みながら、深呼吸をすると、珍しい香水の匂いがした。
「ほんと、エゲツない……」
自分と祭りに行くという約束をした上で、着飾って他の男と出掛ける森永メイという女は、非常に意地悪だと思う。それはもう完全に「お前なんて眼中にはない」と言われているようなもの。
ヒモと称される人間が、その飼い主の恋人になる可能性など有り得ないのだと最近では痛いほど理解していた。メイはやたらと携帯を気にするようになったし、一人で出掛けると言う機会も増えたから。
今のところはまだ、それらしき相手はいないようだが、彼女が人生のパートナーを手に入れるまでそう時間は掛からないだろう。掃除や洗濯、炊事といった基本的な家のことはきっちりこなすし、それでいて少し抜けているようなところもある。男だったら願ってもみない好物件だと思う。
(俺だったら…、)
生産性のない妄想に身を任せそうになったので、頭を振った。シルヴェイユ王国に居る間は使用人のお陰で自分の身体すら洗う必要はなかったが、この世界に来て色々なことを体験した。皿洗いも少しは出来るし、洗濯物も多少は畳める。
彼女がこれから出会う男たちに張り合うわけではないけれど、悪くないと思う。あとは仕事さえすれば、彼女を養うことが出来ればーーー
「それが出来ないからヒモなんだ」
吐き出したのは今日一番の溜め息。生活の世話を見てもらっている分際で、自分の気持ちを伝えることなんて出来ない。分かりきったこと。
とっくに温めの終わった皿を取り出して並べた。空になったグラスに牛乳を注ぐとテレビの電源を入れる。映し出された画面の中では、傘を手に持った女が「広い範囲で午後から雨が降る」と伝えていた。
天気まで自分を見放すのか、と腹立たしい気持ちになりながらチャンネルを回す。見慣れた星座占いのコーナーに手を止めた。
『今日の一位は乙女座のあなた!意中の相手と接近する大チャンス。ラッキーアイテムはイカ焼き!』
「……イカ焼き?」
『続いてのコーナーは…』
話題の切り替わりの速さに呆然としつつ、はたしてイカ焼きとは何たるかを考える。言葉通りならばイカを焼いたものなのだろうか。こうした大衆娯楽用の占いが、時にとんでもないものをラッキーアイテムとして提示してくることは理解していたが、今回もどうやら難しそうだ。
馬鹿馬鹿しくなって、テレビを消した。
捻った蛇口から溢れ出した水が、皿の汚れを落とすのを見守る。
また彼女が他の男の匂いを纏って帰って来たらどうすれば良いだろう。気付かないフリが出来るほど、出来た人間ではないし、自制できるほど忍耐もない。
頑張れ、なんて心にもない応援をしたくせに。
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