異世界から来た皇太子をヒモとして飼うことになりました。

おのまとぺ

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第一章 異世界からきた皇太子編

33.殿下、それは青海苔です

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 気付けば夏休みも残り二日。

 優雅なバケーションの終わりは、つまるところ憂鬱な日常への回帰を意味する。私は来週自分が処理するであろう休み明けの仕事の量を思って溜め息を吐いた。


「おい、人の腕の中で溜め息を吐くな」
「ごめんなさい…」

 律儀に毎日5分間きっちり、癒しタイムと称して抱擁を提供してくれるロイは、ヒモにしては真面目なタイプに分類されるだろう。おそらく、ほとんどのヒモがそうであるように女性にルーズなわけでもないし(婚約者が居るから当たり前だけど)、金品を要求してくるでもない。

 ただ、一日三食と寝床を与えれば満足してくれるこの男は随分とエコなヒモだ。

 背中に添えられる手を意識し過ぎないように、目を閉じた。なんとなく右手がブラの紐の上に乗っているような気がして気になる。でも、この優秀な忠犬が私相手にそんな小技を効かせるような必要はないし。

「メイ、口元に何かついてる」
「え!どこですか…?」

 恥ずかしい。今日の夕食はお好み焼きだったから青海苔か鰹節あたりだろうか。ありきたりなパターンとは言え、もう良い大人なので、さすがに羞恥心で顔が熱くなった。

 ロイの手が伸びて来て唇に触れる。
 カリッと引っ掻くように指が掠めると、私の間抜けな脳は勘違いそうになった。そのまま乱暴にキスされるんじゃないかと一瞬でも思ったのは、絶対に成人向けゲームの影響だ。

 至近距離で絡む視線に耐え切れなくて、私は顔を背けて時計を読むフリをした。壁に掛かった丸い掛け時計は9時になったことを知らせている。

「あっ、5分経ちましたね!お風呂行かなきゃ!」

 慌てて立ち上がって洗面所へ向かった。
 後ろ手にドアを閉めながら、ズルズルとしゃがみ込む。最近のロイはどうもおかしい気がする。前みたいに横暴な王子を演じてくれないし、まともな態度や発言をされたら、嫌でも彼を普通の男として意識してしまう。

 癒しのための5分間も、最近は緊張してドキドキしっぱなしだ。ゼロ距離で私の身体を包んでくれるロイにもきっとこの胸の鼓動は聞こえているはず。衣食住を提供する「親切な飼い主」から「フリーハグで発情するヤバい女」に彼の認識が変わらないように、出来るだけ他のことを考えて乗り切りたい。

(しっかりして、彼は借り物よ……)

 異世界珍道中に付き添うお供として、責務を全うすればよいだけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 ギュッと目を閉じて、暗示を掛けるように頭の中で言い聞かせる。



 ◇◇◇



「祭り?」

 扇風機の前で髪を乾かすロイの背中に、明日近くの神社で夏祭りがあると教えた。前回行った公園の祭りは小規模だったし、終わり間際だったのでイマイチ彼に祭りの雰囲気を味わってもらえていない気がした。

 念のため買ってみました、と浴衣を見せるとロイはいつもの犬モードに切り替えて目を輝かせてくれる。

「なんだこれは!」
「それは日本の伝統的な衣装です。昔の人はこういった服装を日常で着ていたんですよ」
「ほう、面白いな」

 ロイには濃紺の締まった色味の浴衣。奮発して自分の浴衣も買い替えてしまった。古いものはどこに仕舞ったか分からないし、ロイの隣を歩く時は新しい浴衣を着たいと思った。

「明日の昼から行きましょう。私、午前中は少し用事があるので、ロイさんはゆっくりしてください」
「デート?」
「………っ」
「頑張れよ、鬼ババの素顔が出ないようにな」

 茶化すようにニヤニヤ笑うと、ロイはその大きな手で私の頭をポンポン叩いた。私は恥ずかしくなって曖昧に頷く。

 デートの健闘まで祈ってくれるなんて、本当に彼は優秀だ。今のところ、まったく惹かれる人は現れないけれど、数打てば当たる戦法で頑張りたい。


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