異世界から来た皇太子をヒモとして飼うことになりました。

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
32 / 51
第一章 異世界からきた皇太子編

31.殿下、それは煙草です

しおりを挟む


 画面に表示された時間を気にしながら帰路を急ぐ。

 完全に聞き役に徹してしまったせいか、昼食の時間が長引いてしまい、水族館は足早に通り過ぎるだけになってしまった。「夕方には帰らなければ」と言う私を相手はしきりに引き留めようとしたけれど、プカプカと煙草をふかす男のマシンガントークの相手はもうりだったので丁重に断った。

 ロイは無事に留守番出来ているだろうか?
 彼からしたら、久しぶりの一人時間だ。少しは羽を伸ばすことが出来たなら良いけれど、と思いながら角を曲がると通りの向こうから駆けて来る浴衣を着た子供の姿が目に入った。

(お祭り……?)

 どこからか屋台の匂いもする。目を凝らすと近くの公園で小規模な夏祭りが開催されているようだった。ロイに教えてあげたら、きっと喜ぶはず。

 薄ら夜を纏った景色の中を走り抜け、見慣れたミントグリーンの扉の前で呼吸を整えた。鞄の中から鍵を取り出してドアノブをひねる。

「ロイさん…?」

 部屋の中は真っ暗だった。何かあったのではないかと焦る気持ちで、足を踏み入れる。強盗?私が留守番を頼んだ間にロイの身に何かあったら、そう考えると心臓の奥が冷え込むように怖くなった。それとも、もしかして彼は元の世界に帰ってしまった…?

「何処にいるの!ねえ…!」

 必死になって探していたら、暗闇の中でぐにっとしたものを踏ん付けた。そのままバランスを崩して倒れ込むと、思いの外硬い何かの上に転がる。

「……重い」
「ロイさん!」

 下敷きになった肉体の持ち主はうなるように呟いた。私は泣きそうになりながら、確かなロイの身体に触れる。良かった、事件でもないし神隠しでもない。私の大切な癒しは今日もまだこの家に居てくれている。

 眠っていたのか、ロイは小さな欠伸をした後でスンスンと匂いを嗅いだ。

「煙の匂いがする」
「……あ、」

 ごめんなさい、と言いながら自分の服を摘んでいると、強い力で手首を掴まれた。びっくりして息が止まる。明かりがない部屋の中で、顔は見えないけれどロイの機嫌が悪いことは明白だった。

「そんな臭い服着て帰って来るな」
「……煙草の煙です」
「お前にとって俺は何だよ」
「え?」

 掠れた声を聞いていると胸が苦しくなる。思ったよりも近くで感じるロイの息遣いに、私は思考が定まらない。

「……なにを言って…」
「ごめん。寝ぼけてた」
「ちょっと、」

 伸ばした手を擦り抜けてロイは立ち上がる。どういうわけか、この暗闇の中でスイッチの場所を探り当てた彼は、呆然とする私に向かって何事もなかったように「腹が減った!飯行くぞ」と言い放つ。

 普段通りの偉そうな王子と、先ほど垣間見た大人の男のような彼の落差は私を混乱させた。

 振り返らずに一目散に玄関へ向かうロイの後を追いながら、問われた質問について考える。私にとってロイは何なのか。愛でるべきペット?定期的に癒しを提供する顔の良いヒモ?

 砂山が波に崩されるように、少しずつ、少しずつ。
 関係が変化していると感じるのは気のせいだろうか。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...