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第一章 異世界からきた皇太子編

30.メイ、それは嘘だ◆ロイ視点

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「阿呆らしい……」

 配達されたピザは半分食べたところで手が止まった。食欲がないわけではないが、どうも気持ちが落ち着かない。テレビの中では子供騙しのアニメが延々と流れている。どうしてこのパンはいつも自分の顔を友人に差し出すのか。

 何度も頭の中に浮かぶのは、いつになく気合いの入った化粧で出掛けて行った彼女の姿。

 イヤリングがズレてるなんて幼稚な嘘で気を引くなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しい。今からその着飾った格好を見ることができる相手が、心底羨ましいと思った。見たことのない服を着て、誘うような赤い口紅を付けたメイの姿は、見慣れた普段の彼女とは違っていたから。

(恋人を作るなんて、よく言えたもんだ…)

 人は意識して好意を抱くものではないと思う。出会って相手のことを知るうちに、どうしようもなく心の中に相手が棲みつく。そのもどかしさを解消するために気持ちを伝えるのではないか。

 まるで目玉焼きを焼く、みたいなノリで「恋人を作ろうと思う」と言う彼女は、粘土でも捏ねて作るつもりのようだ。いっそ泥人形でも連れて帰ってくれたら、手を叩いて笑ってやるのに。

 夜になっても帰って来なかったら?
 その可能性も否定はできない。

 例えそうであっても、自分は訓練された犬猫よろしく、黙ってこの部屋で彼女の帰りを待つしか道はない。メイ曰く「ヒモ」と称される関係なので、プライベートに口出しする権利などない。提供される衣食住をただ受け入れて、時折奉仕活動として柔らかく抱き締めるだけ。

 愛玩動物は牙を持ってはいけない。


「ヘイ、Saori」

 メイに与えられた古い携帯の中には、呼びかけると答えてくれる魔法使いが住んでいるらしかった。グルグルと考え中のように画面の中に渦巻きが現れた後すぐに「どうしましたか?」と電子的な音声が返答する。

「メイは誰と出掛けたんだ?」
『質問が聞き取れませんでした。もう一度…』
「………、」

 大きく溜め息を吐いて、携帯をソファの上に放る。暇すぎて死にそうだなんて贅沢な悩みだけれど、惰眠を貪るには、脳内を占める邪念の割合が多すぎて難しそうだ。

 職なし稼ぎなしの自分がメイの負担でしかないことは分かっている。いっそのこと、自分をこの世界に飛ばした神様が連れ戻す際に彼女も一緒に連れて行ってくれないだろうか。しかし、そんな勝手な願望もメイにとっては迷惑でしかないだろう。

(……婚約はどうなったんだ…?)

 向こうの世界でも時間は流れ続けているんだろうか。
 だとしたら、いつまでも意識が戻らない婚約者に相手方の令嬢は愛想を尽かしている可能性もある。政略結婚なんて珍しくはないけれど、たいして興味もない相手を生涯の伴侶として迎えるなんて、夢のない話だとは思う。

 多くの友人は「恋に落ちて結婚するのではなく、結婚してから愛する努力をするのだ」と豪語していた。王家ともあれば、尚のこと選べる状態ではない。それならば、自由恋愛が許されているこの世界の方がよほどメイにとっては幸せだ。

 悶々とする思考を消し去るために、余ったピザを口に放り込むとゴムのような味がした。

 改めて思うのは、今まで美味しいと感じていた全てのものはメイが教えてくれたということ。楽しいことも、新しい驚きも、震えるような感動も、全部が全部、彼女と一緒に経験した。

「……一人にしては広すぎる」

 風通しの良い二つの部屋に彼女は今まで一人で住んでいたらしい。二人で居ることに慣れてしまって、何をしてもどこか心には穴が空いているようで。


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