30 / 51
第一章 異世界からきた皇太子編
29.殿下、それは宅配ピザです
しおりを挟む思い立ったが吉日。
初動の早さに定評のある私は、今回も猪突猛進のごとくマッチングアプリを何個かダウンロードして、ちまちまとメッセージを送ってみた。連休中に暇な男性が意外にも多いようで、何人かからすぐに食事の誘いが入った。
「ロイさん、今日は出掛けるのでお留守番お願い出来る?」
「晩ごはんは?」
「夜までには帰ります。昼は何か頼むけど希望は?」
「……ピザ」
「了解です」
ピザの配達を予約して、洗面所へ行って化粧を直した。昼食に誘ってくれたのは、同世代の会社員の男性。都内に新しくできたハンバーガーショップで待ち合わせて、昼食を食べた後に水族館、という王道コースだけれど、暑い夏に館内デートはありがたいと思った。
鏡を見ながらイヤリングの位置を調整する。
大丈夫、焦ってるわけじゃない。私だっていつまでもロイに甘えているわけにはいかないのだ。彼が異世界に帰るまではその世話係として立ち回りたいけれど、婚約者が待つ彼と違って私には何もない。魔法が解けたら、残るのはこの1LDKの部屋といつもの生活だけ。
いずれ訪れるその時を、私は笑顔で迎えられる気がしない。だから、ダメージを最小限に抑えるためにも、何か心の拠り所がほしいと考えた。年齢的に結婚も大きな問題としてのしかかっているし、実家の両親が未だ独り身で生活する自分のことを心配しているのは痛いぐらい伝わっていた。
「じゃあ、12時になったらピンポンが鳴るので、受け取ってくださいね」
「おう」
「行ってきます」
「メイ、」
振り返った私の顔を見てロイは非難するような目を向ける。
「随分と洒落込んで行くんだな」
「……ええ、少しだけ」
しどろもどろに答える私を揶揄うためか、ロイは立ち上がって品評するように視線を動かした。宅配ピザで誤魔化して、一人で部屋に置いて行くことを怒っているのだろうか。
さっそくデートを決め込む私をフットワークの軽い女だと笑いたい?それならそれで構わない。
「何ですか?何か言いたいことでも…?」
睨むように見上げると、ロイの手が伸びて来て私の耳元に触れた。スッと擦るように撫でられた耳たぶが真っ赤になっていないことを切に願う。
「左右でズレてる。右がもう少し上だ」
「……っ、駅のお手洗いで直します!」
「ああそう。気を付けて」
それっきりまたテレビの前に戻って行くから、拍子抜けしながら家を出た。魂の抜けたようにフラフラと歩いていたら電柱に激突しそうになる。
しっかりして、森永メイ。
ロイの距離感がおかしいのは今に始まった話じゃない。もともと人のベッドに入ってくるような男だ。彼の国ではヨーロッパの国々よろしくキスが挨拶みたいなものかもしれないし、耳を触られたぐらいで赤面するなんて子供染みてる。
大きく息を吐いて地下鉄への階段を駆け降りた。
「ズレてないし……」
慌てて寄ったトイレの鏡を確認しても、小さな花のイヤリングは左右対称で揺れていて、私は意地悪なロイを恨みながら待ち合わせ場所までの乗り換え方法を調べ出した。
3
お気に入りに追加
275
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる