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第一章 異世界からきた皇太子編

27.殿下、それは回転寿司です

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 旅行から帰ってから少しロイがおかしい。
 前ほど図々しくないというか、どこかよそよそしい。

「ロイさん、お腹でも痛いんですか?」
「……ん?」

 椅子に座って棒アイスを食べていたロイの手元にはボタボタと溶けたアイスの残骸が落ちていっている。結局オンラインで椅子は買い足したので、なんとか私も共に机を囲むことが出来ていた。

 スイカとメロンを模した三角形のアイスにはご丁寧にタネの形のチョコも入っていて、ロイは始めこそ嬉しそうに食べていたけれど、急に考え事に耽り出してその手は止まっていた。

「もう食べなくても良いですよ、もうすぐ夕飯だし」
「今日は何にするんだ?」
「昨日はお家で作ったから何か食べに行きたいような…」

 ぼんやり思いを巡らせると回転寿司が浮かんだ。しかし、電車に乗ることになるし、行ってみて大行列だと笑えない。混み状況をアプリで確認すると30分後に奇跡的に空きがあったので、予約を入れて行ってみることにした。

「今日は寿司です!はい、準備!」
「おお…!」

 アニメかテレビを通して既に寿司の存在は知っているようで、ロイは俄かに顔を輝かせた。外国の人は回転寿司に喜ぶというけれど、それは異世界から来た彼も同じだろうか。

 残り少ない夏休みの思い出としても、良い選択かもしれない。房総半島のなんちゃって旅行で分かったことだが、どうやらロイは生の魚もいけるようだった。青魚は敬遠していたけれど、マグロや鯛といった類は問題なく食していたから。

 もう慣れた手繋ぎも、なんだか親子とか親戚の男の子ぐらいに考えると恥ずかしくなかった。



 ◇◇◇



「この俺の周りをウロつくとは大層な度胸だな」
「殿下、それは回転寿司です」

 案内されたテーブル席に座って、湯呑みを手にして回転するレーンに睨みを効かせるロイをたしなめる。回転寿司にメンチを切る人間なんて彼ぐらいではないか。

 とりあえず、安全圏として卵とハンバーグの寿司を頼んであげるとしかめっ面を崩して嬉しそうに食べ出した。彼のこういう単純なところは愛すべきポイントだと思う。

 自分用に漬けマグロと甘エビをパネルで注文して、はむはむと寿司を口へ入れるロイを眺めた。

「美味しい?」
「へっほういへふ」
「食べ終わってから教えてください」

 おそらく「結構いける」という、いつもの生意気な感想を頂いたのだろう。ロイの「結構いける」は実のところリピート有りであることは最近分かってきた。随分と上から目線で評価してくるこの王子が、着々と日本の食事に慣れてきているのを見ると感慨深いものがある。

 夏が終わる前に、経験として浴衣を着せてみるのもありかもしれない。どこかでお祭りをやっていたら良いけれど。

「お前のそれ、一個くれ」
「え、嫌ですけど」

 漬けマグロを指差して来たので即お断りした。

「なんでだよ。分けるために二個あるんだろう」
「そんな理由じゃないですよ、たぶん!」
「ケチだなーメイはいつでも食べれるだろう」
「ロイさんだってまた、」

 そこまで言ってハッとした。
 神社で高らかに異世界へ帰ることを拒否していた彼だけど、べつに帰らないと決まったわけではない。どんな機会でまた消えてしまうのか分からないのだ。

 日に日に存在感を増すこの大きなペットが、いつか手の届かない場所へ消えてしまう。それは想像しただけでも、かなり胸を締め付けることだった。

「……あげます、二つとも」
「ん?一つで良いよ」
「私はまた頼めますし、大丈夫」
「なんだよ、急に優しくなっても怖いな…」

 失礼なことを言いながらマグロを頬張るこの呑気な王子は、どう考えているのだろう。もしも、異世界グルメ道中の最中で元の世界に帰ってしまった場合、ほんの少しでも残念がったり、寂しいと思ってくれるのだろうか。一緒に過ごした時間や、話したことを、たまには思い出してくれる?

 もし、そうであれば、十分だと思う。


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