27 / 51
第一章 異世界からきた皇太子編
26.殿下、それはブッフェです
しおりを挟む「何がどうしてこう……?」
翌朝目覚めると私は両手を縛られて横になっていた。この紐はおそらく館内着の浴衣の紐だろうか。
広いベッドに寝転ぶのは私一人で、ロイの姿はない。鈍い頭を振りながら辺りを見渡すと、部屋の扉の手前、つまり私から一番遠い場所で猫のように丸まっていた。
頭の中を色々な可能性が過ぎる。
もしかして、私が眠っている間に、何か彼はいかがわしい行為を行ったのでは?いや、でもそんなことをしてメリットはある?私がプリプリの乙女だったら話は別だけど、ただの同居人だし、あの通り見た目が良い彼がわざわざ私相手に欲情する必要が感じられない。
とりあえず、縛られたままでは何も出来ないので、ベッドを降りて転がるロイの身体を指先で突ついた。
「ロイさん、起きてください」
「……ロイ・グーテンベルクは就寝中だ」
「私を縛ったのは貴方ですか?」
「お前はもう一滴も酒を飲むな、俺が襲われる」
「はぁ?」
驚いて私は後退する。
ロイは目だけ動かして、こちらを見た。
「とにかく、酒癖が死ぬほど悪い」
「……ご迷惑をお掛けしたなら、すみません」
「迷惑じゃないが困るんだよ」
「困る……?」
「今度仕掛けて来たら、こっちも相応の対応をする」
「……なにそれ、どういう、」
私の質問に答えることはなく、ロイは頭をガシガシ掻きながら洗面所へ消えた。シャワーの音を聞きながら、縛られた両腕を見つめる。
(もしかして、とんでもないセクハラをしたんじゃ…?)
成人規制の入るようなアレコレを脳内で思い浮かべつつ、再びベッドに座り込む。テーブルの上に水が入ったグラスを見つけたので、とりあえず喉を潤すために頂いた。
婚約者から借りている状態であるロイに手を出すなんて、とんでもない大罪。べつにそうと決まったわけではないけれど、今更ながら冷や汗が出てくる。
彼が言うような酒癖の悪さを今まで指摘されたことはない。記憶を失うほど飲んだこともないし、恋人や友人と飲む時もある程度気は引き締めていたので、酔っ払ったという経験は記憶を遡る限りは見当たらなかった。
どうして、知り合って間もないロイ相手にそんな痴態を見せてしまっているのか。本当なのか俄かに信じ難い。
「……おい、朝ごはん行くのか?」
扉を開けて洗面所から顔を出したロイは、口元だけ動かして着替えを取るように要求する。私はなるべくそちらを見ないようにして、カバンの中からロイの着替えを取り出して投げた。
ドタバタと着替える音がした後、ぬくぬくの湯気を上げながらシルヴェイユ王国の王子は登場した。そういえば私も昨日の夕食前にシャワーを浴びたきりだ。こんな温泉付きの宿に宿泊しておいてシャワーで済ますなんて、と残念な気持ちを持ちつつ、ロイと入れ替わりで洗面所へ入った。
薄く化粧をして部屋へ戻ると、ロイは待ちくたびれたといった表情でベッドの上に伸びている。
「ねえ、本当のところ私は貴方に何かしました?」
ベッドの側に腰を下ろしてロイの顔を覗き込むと、少し考えるように目を閉じた後、スッと片手で私の頬に触れた。突然の接触にびっくりしながら、その青い瞳を見つめる。
「な…なんですか?」
「メイ、俺たちは昨日……」
「……?」
勿体ぶるように間を置くロイを焦ったく思う。
「お前が素っ裸になって踊り出そうとしたから止めたんだよ。とにかく、もう飲酒禁止!」
「……な、なにを…!」
「次はないからな、この酔いどれ女!」
「黙って聞いてれば居候の分際で!」
歪み合っていたら、なんだか馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまう。時計を見たら、もう9時近くだったので慌てて準備をして朝食へ向かうことにした。
好きなものを取って食べるブッフェ形式のモーニングは、ロイも気に入ったものを自分で選べるので楽しそうだった。いつも取りすぎて食べ切れない経験を持つ私は、慎重に選別しつつ皿に盛っていく。
机の上に並べて「いただきます」とお互い手を合わせたら、ロイの皿が見事に真っ茶色でまた笑った。唐揚げにハンバーグ、カレーライスにミートソーススパゲッティ。小学生でももう少しマシな取り方をするだろう、という選びよう。
「良いだろう、好きなものを選べと言ったのはお前だ」
「すみません…あまりに極端で面白くて」
記念にと携帯のカメラで写真まで撮ってしまった。カメラ機能については以前もロイに説明していたので、早く食べたいとばかりにフォークを手に持って睨みを効かせながらも待っていてくれた。
もう気分もだいぶ良く、この後はホテルをチェックアウトして適当にブラブラしながら海鮮料理が食べられるお店を探す予定だ。床で寝たから背中が痛いと嘆く王子に平謝りをしながら、私は窓の外に広がる海を眺めた。
◆補足
ブッフェとビュッフェの違いですが、ビュッフェ(フランス語読み)でブッフェ(英語読み)らしいので本作では英語読み採用しました。
22
お気に入りに追加
275
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

前世と今世の幸せ
夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。
しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。
皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。
そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。
この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。
「今世は幸せになりたい」と
※小説家になろう様にも投稿しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる