異世界から来た皇太子をヒモとして飼うことになりました。

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
26 / 51
第一章 異世界からきた皇太子編

25.メイ、それはルール違反だ◆ロイ視点

しおりを挟む

 潔く、認めよう。
 可能性を疑わなかったわけではない。

 頬をほんわりと桃色に染めて、ニコニコと笑う彼女は普段の姿からは想像できないほど上機嫌だった。踊り出しそうな千鳥足で部屋の隅から隅を移動している。

 森永メイという人間が、酒類にことごとく敗北するという事実は知っていたから、こうなる可能性はあったのだ。


「でんか~、でんか~!」
「如何にも俺は殿下だが…」

 メイはちょっと心配になるレベルで酒に弱い気がする。これはもしかすると心因的なものかもしれないが、アルコールが入ることで突如出現する幼稚な第二人格をどう扱えば良いか、自分は未だに分からなかった。

 食前酒までは問題なかったから、その後にグビグビ飲んでいたオレンジ色のカクテルあたりが良くなかったのだろうか。しかしながら、楽しそうに笑顔を溢す彼女を前に「このへんでそろそろ…」と止めることははばかられた。

 とりあえず、なんとか食事を済ませて部屋へ運び込んだものの。

「殿下!遠慮せずにベッドへどうぞ!」

 シャキッと頭の横で敬礼のポーズをして「どうぞどうぞ」とベッドへ促すものだから、困る。いつか彼女がまともな判断力を持っている時に、その愉快な特性については確認する必要があるだろう。

 これで、安易にその誘いに乗って、据え膳食わぬは何とやらと朝チュンをキメようものなら、とんでもないお怒りを買うことは想像に容易い。

 第一、このぬるい関係を維持するために今まで数々のフラグを折ってきたのだ。薄い扉一枚隔てた家の中で同居していた間も我慢出来たことが、旅行という特別イベントを機にタガが外れるなんて許されない。


「悪いが、俺は今日は床で寝るんだ」
「でんか!そんな無礼は許されません」
「無礼?」
「殿下のような高位の方を私の足元に転がすなんて…」
「……?」

 ふいに黙り込むメイの顔を覗くと、なんと眠っていた。

「随分と良くできた飼い主だな、」

 呆れつつ、枕の上に頭を置いて体勢を整えてやる。夜中に起きた彼女がせないようにと、親切に水を入れたグラスまで用意するから、自分は犬猫よりは優秀だろう。

 スースーと息をする度に上下する胸を見つめる。

 フラフラと歩いて行った彼女がプールサイドで倒れるまでの一部始終は、水に浮かびながら見ていた。慌てて上がって、駆け付けてきたスタッフに知り合いであることを伝えたから良かったものの、気付かなかったらと考えると恐ろしい。

 この世界の人間ではない自分には、一般的な常識というものがない。だから、こうしたケースにどうすれば良いのかも当然分からず、ただテキパキと指示を出す周りの人間に流されるように頷くだけだった。

 泊まるだなんて勝手な選択かもしれないと悩んだけれど、彼女が少し元気になったので結果的に良かったと思う。


「………ロイ、」

 細い声が聞こえて、考え事を止めた。深い眠りに着いていたはずのメイは薄目を開けてこちらを見ている。

「どうした?気分が悪いのか?」
「今日の癒しは…?」
「……今日はもう必要ないだろう」

 ムッとしたようにメイは怒った顔を見せる。

「必要あります!貴方は私のヒモですよ、癒してください」
「ヒモ?」
「私に飼われているって意味です」
「……それは確かにそうだが…」

 仕方なく、横になった彼女の背中に手を差し入れて起こす。柔らかな身体を抱き締めると、それまで穏やかだった心の中が急に騒めき立った。

 下心がないなんて言えない。もしこの思考が彼女に流れ込んだら、さぞかし軽蔑されて家から追い出されてしまうだろう。せっかく良くしてくれている飼い主の気分を、自ら損ねに行くほど馬鹿ではない。

 その時、腕の中で押し黙っていたメイが急に顔を上げた。

「ねえ…ロイ、お願いがあるの」
「なんだ?」
「キスして」
「……は?」
「飼い主の命令、貴方は私を癒すんでしょう…?」

 突拍子もない要求に頭は混乱した。
 願ってもない事態に大喜びで尻尾を振り出す悪魔と、全力で制する天使が戦っている。彼女の絶対命令が単なる気紛れであることは明白。泥酔状態にある飼い主はおそらく現実とゲームの区別が付いていないのだ。

 ただ、それだけ。
 そんなこと分かっているのに。

「……出来ない。それはルール違反だ」
「ルールは私よ」

 グッと襟元を引く手は、止めようと思えば止められた。防ぐことは出来た。押し付けられる柔らかい唇を、逃れることなんて造作ないことだった。

 避けなかったのは自分の意思。

 二度、三度、角度を変えて口付けると「ざまぁみろ」と言わんばかりにニヤリと笑って、酔っ払いは再び眠りに落ちた。それは大層な破壊力で、用意されていた据え膳は彼女の手によって爆破されたようだった。

 メイが寝落ちしてくれて良かったと心底思う。
 たったキス一つでこんなに動揺する自分を見られたら、プライドも何もあったもんじゃない。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...