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第一章 異世界からきた皇太子編
22.殿下、それはリゾートホテルです
しおりを挟む調べた時点で分かっていたことだが、目当ての宿までは2時間半ほどの時間を要した。午前中に家を出たからまだ良かったものの、着くのは昼過ぎだろう。電車の中で私の肩にもたれかかって眠るロイを観察しながら、もう少し近場で探せば良かったと反省した。
窓の外には、東京では目にかかれないような豊かな自然が広がっている。都会の喧騒から離れて、こうした緑の中に身を置くことが出来るのも、旅行の醍醐味だと思う。
朝昼兼用のごはんを慌ただしくコンビニで調達してしまったけれど、夜ごはんはどうしよう。せっかく房総半島に行くからには、海の幸を堪能したい。けれども、夜ごはんを食べて帰るとなると、家に着く時間がかなり遅くなりそうだ。悩ましい選択に頭が痛くなったので、後で考えることにして、とりあえず目を閉じた。
「………メイ、」
「ん……」
「ここで降りるんじゃないのか?」
どうやら少し眠ってしまったようで、見上げるとロイの顔が間近にあった。びっくりしつつ、目を凝らして書かれた駅名を確認する。それは確かに乗り換えの駅だったので、慌てて荷物を掴んでロイと共にホームへ駆け降りた。
異世界から来た彼に、言語能力というスキルを与えてくれた神様には感謝しかない。駅名を伝えていたのも幸いだったけれど、漢字が読める彼が私に乗り換えを知らせてくれなかったら、次の電車を一時間近く待つことになっていた。
「ありがとう、乗り過ごすところでした」
「お前も寝言を言ったりするんだな」
「へ?」
「俺の名前を呼んでたぞ」
「……は?」
詳しく追及する私を揶揄うように、ロイは笑いながら前を歩く。ちょうど乗り換え予定の電車が来てしまったので、仕方なく会話を切り上げて乗り込んだ。
夏休みなのか、虫取りカゴと網を持った兄妹が母親を挟むようにして座っている。網の方を興味津々に見つめるロイに小声で虫取り網の説明をしてあげた。追加でクワガタやカブトムシのことを説明すると、げんなりした様子で「そんなものを集めるなんて子供だな」と言うから、すれ違う電車に手を振る彼もよっぽど子供だと教えてあげるか迷った。
それから、少し雑談を挟んだりしていたら、あっという間にホテルの最寄り駅に到着した。その後はタクシーに乗り換えて数分。あれよあれよという間に、大きなリゾートホテルが目前に姿を現した。
ぬんと聳え立つような大きな建物を見上げて、ロイは感嘆の声を上げる。
「でかい…!これは何て王国の城だ…?」
「殿下、これは城ではなく宿泊施設です」
「……殿下呼びを止めてくれ、気分が萎える」
あからさまに顔を顰めるロイの背中を叩きつつ、受付へと向かった。意外にも祝日ではない今日は空いているようで、宿泊プランも勧められたけれど、やんわりと断って日帰りのプール利用を選ぶ。一日中泳ぐわけでもないし、早めに移動すれば海鮮を食べて帰ることも可能ではないかと判断した。
案内されたコーナーから水着を選ぶ間、ロイに荷物の番を頼んだ。べつに私はプールサイドでのほほんとくつろぐ程度だし、無難な水着で良いだろう。ビキニを着るような体型でもないし、あまり目立たない感じが良い。
(競泳水着…は、違うな)
色々と迷った挙句、露出が少なめのワンピースタイプを選んだ。ブルーグレーの色味が涼しげで可愛らしい。
エイの如く泳ぎ回ると豪語するロイには、膝丈の水着。ぴっちりタイプだと目のやり場に困るので、普通の半ズボンと変わりない形にした。彼の好みは知らないけれど、すぐに見つけられるように色だけド派手な黄色で。
「ロイ、お待たせしました。これが水着です」
「おお!これを着て泳ぐわけだな」
「はい。更衣室は男女別なので、何か気になることは今のうちに聞いてください」
と、言いつつやはり、彼がちゃんと着替えられるか不安だ。コインロッカーの使い方と、分からないことがあれば周囲の人に丁寧な口調で聞くようにだけ注意しておいた。
困り果てた彼が女性用更衣室に駆け込まないように、何度も釘を刺して別れる。
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