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第一章 異世界からきた皇太子編

21.殿下、それは夏休みです

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「なつやすみ……?」
「はい。今日から日曜まで一週間」
「それはなんだ?仕事しないということか?」
「ええ、決められた休みなので」

 一週間なんて長く感じるけれど、いざ始まると一瞬だ。去年は会社の人に指摘されたように実家に帰って終わったが、今年はロイも居るからどうしよう。

(さすがに、実家に連れて帰るのはリスクが高い…)

 旅行も良いけれど、部屋割りはどうなるのかなど考えると悩ましい。ツインベッドでも同室はどうかと思うし、かと言ってシングル二つだと何か見つける度にロイが部屋に突撃して来て、結局休まらないような気もする。

 というか、そもそも今から予約出来る宿なんてないだろう。もう夏は真っ只中で、お盆はまだと言えども、一歩外に出るとプール帰りの子供が透明なバッグを持っていたりして夏気分を感じる。

「プール…海……」
「海?」

 私の独り言を聞きつけたロイが目を輝かせた。

「海へ行くのか?」
「いや、まだ考え中で…」
「シルヴェイユのエイと呼ばれた俺の泳ぎを是非ともお前に見せたいな~」
「………エイ?」

 流しそうになったが、思わず聞き返す。
 エイってあのエイ?平べったくて尻尾が長くて、言っちゃ悪いけど間抜けな顔をした、水族館でよく見るエイ?

「え、なんでエイ?」
「なんか悠々と泳ぐ姿がエイみたいだと女たちが…」
「それは……」

 褒め言葉ではないのでは。喉元まで出かかったツッコミをとりあえず飲み込んで、納得する素振りを見せておいた。とりあえず、彼が泳げるという事実は伝わったので、プールや海に出向いても問題はないのだろう。

 東京から行ける近場の海やプール。出来ればそんなに人が多くないと有難いけれど、そうも言ってられない時期だ。

 夏休みの子ども向けアニメ特集を見始めたロイを横目に、携帯でポチポチと検索をしてみる。確か、会社の福利厚生で少し安くなる施設があったような…


「……房総半島、」

 なるほど千葉の方なら海もあるし、そこまで遠くない。施設紹介のページをスライドしていくと、どうやら日帰りプランもあるようで、ホテルのプールのみを使用することも出来るようだった。海水浴でベタベタになるよりは、足の着くプールでのんびり楽しみたいので有難い。

 ロイが海を熱望しているので、あまり否定的な意見は言いたくないけれど、私は完全にカナヅチだ。海もプールも10年以上行っていないし、25メートルも泳ぎ切れない。

 施設では水着の貸し出しもあるようなので、手ぶらで出掛けても問題なさそうだ。せっかくの長期休暇を一日たりとも無駄にしないためにも、とりあえず行ってみることにした。本当の目的は千葉の海産物なのだけれども。


「ロイさん、プールに行きましょう!」
「プール……?」
「室内の海みたいなものです」
「室内に海だと…!?」

 俄かに興奮した様子を見せるロイの子供っぽさを可愛らしくて思いながら、急いで必要なものを鞄に詰め始める。スーツケースほどではないし、大きめの舟形トートバッグに突っ込めば良いだろうか。

 日焼け止めやら、化粧品をポーチにまとめる。旅行用のスキンケアはサンプルで済まそう。足りなければコンビニで買えば良いし。正直なところ、携帯と財布さえあれば全ては事足りるような気もする。

 日帰りプランは予約も不要なようなので、往復の交通手段だけ確認して、まとめた荷物をロイと分配して手に持った。

「お前のも持つから寄越せ」
「良いですよ、結構歩きますし」
「プールとやらに到着する前にバテたら困る」

 それはもっともなので、有難くお願いすることにした。

「ロイさん、ありがとうございます」
「ん?」
「貴方のお陰で、楽しい夏休みになりそうです」

 一瞬だけ、きょとんとした顔を見せたロイはすぐに「まあな!俺のお陰だろう」といつもの偉そうな態度で笑う。私は呆れつつ、そんな彼の背中を押して1LDKの城を後にした。


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