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第一章 異世界からきた皇太子編

20.殿下、それはクレジットカードです

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 お腹を膨らませて、店を出た直後だった。

 ロイは深刻な顔で顎に手を当てて私の手元を見ている。私はつられて財布を握る自分の手を見つめた。二つ折りの革財布は二年ほど前に買い替えたものだけど、扱いが雑なせいか、かなり年数は経っているようにも見える。良いように言えば、味が出てると表現できるけども。

「どうしました?」

 何も言わないロイに問い掛けた。

「お前の魔具はそれか?」
「……マグ?」
「それをかざせば金貨が移動するんだろう?」
「金貨?」

 呆気に取られながら、どうやら現金ではなくカードで支払いをしていることを魔法だと思っているようだと推測した。確かにその行為が魔法に見えるのは、少し理解できる。この一枚のカードさえあれば、どんな買い物でも出来てしまうのだから、魔法のカードと言えるだろう。

 歩きながらクレジットカードの仕組みを説明すると、ロイは「魔法よりも魔法っぽいな」と感心していた。

「あの、」
「ん?」
「ときどき出てくるその魔法って言葉ですけど、ロイさんの国には魔法使いがいるんですか?」
「ああ、もちろん。魔法使いになるためのアカデミーだってあるぞ」
「……アカデミー」
「要は魔法学校だな。俺は王子だから、わざわざ習得が困難な魔法を選んで修行する必要はなかったが、中には将来のために魔法使いへの道を選ぶやつもいる」
「へえ…なんだか、どこかのファンタジーみたいですね」
「だが、才能がないと入学は出来ない」

 その設定もほのかに某丸眼鏡の少年が出てくる物語を彷彿とさせるけれど、あの世界の服装が白タイツ腕ポワンのダサダサなわけがないので、頭を振った。

 それにしても、魔法使いだなんて。
 ロイが私の世界に来るより、私がロイの世界に行った方がよほど楽しそうな気がする。魔法のある世界から来た彼がこんなハイテクな現代に放り出されたところで、人の多さや進化したテクノロジーに疲れるだけだと思うから。

「シルヴェイユの魔法使いはどんな魔法を使うんですか?」
「んん……色々あるな。俺は魔法使いじゃないから詳しくないが、王宮魔術師は回復魔法で崩壊した建物を治したり…」
「……王宮魔術師…かっこいい響きですね」
「あとは記憶の操作とか、魅了なんかも出来るらしいが、禁じられている魔法もある」
「…へぇ……」

 ぽわわんと想像しながら、イケメン魔術師に魅了の魔法を掛けられるなんて素晴らしい経験ではないかと思った。

「お前、なんかいやらしいこと考えてるだろう」
「は?考えてないですけど…!」
「嘘つけ、ニヤニヤしてたから分かる」
「してないってば!」

 反論する私の横を自転車がベルを鳴らして通り抜けた。びっくりして固まる身体を抱き寄せて、ロイは「危ない」と言う。そのまま手まで繋がれるから、私はこの状況にどういう反応を示せば良いか、いよいよ分からなかった。

 前言撤回。シルヴェイユ王国が如何に魅力的であれど、ロイのホームに足を踏み入れたら、私は自分を保つことが出来ない気がする。

 婚約者の居る彼が私に優しくしてくれるのは、単純に私が彼を世話する飼い主だから。私が転生したところで、運命の相手と結婚するロイの一生を、間近で見届けるという地獄のようなエンドが待っているだけだ。


「どうした?」
「……いいえ」

 心配そうに覗き込む目を誤魔化すように少し笑った。期限付きの王子を側に置くためには、適切な距離感を維持する必要がある。決して、境界線を越えてはいけない。

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