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第一章 異世界からきた皇太子編

19.殿下、それは紙エプロンです

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 元カレとの遭遇という最悪なイベントを経て帰宅した私たちは、昼食を食べるために再び外へ出ていた。

 正午のうだるような暑さの中、待つこと10分と少し。チェーン店だけど、とりあえずステーキを食べるという目的は叶いそうだ。涼しい店内に足を踏み入れて案内されたテーブル席に腰を下ろした。

「肉の焼ける良い匂いがする…」

 目を閉じて幸せそうな笑みを浮かべるロイに安心しながら、メニューに目を落とした。食べ慣れたステーキとなると、きっと彼も喜んで完食するだろう。

 水を運んで来た店員に、ステーキとハンバーグを注文した。にこやかな笑顔で注文を復唱した店員は紙エプロンを机の上に置いて席を去る。

「なんだこれは?」

 不思議そうに紙エプロンを摘み上げるロイに、肉の油が服に跳ねないように使うものだと説明した。

「おお!ナプキンのようなものだな」
「そうですね。首の後ろで結べるので便利です」
「……ほう?」

 一枚を手に取ってロイの後ろに回り込み、結んであげた。

 青い目を爛々と輝かせて礼を言う彼の姿を見ると、アイドルやら舞台俳優にお金を注ぎ込む推し活勢の気持ちが少し分かる気がする。この笑顔や「ありがとう」という一言は、私になんとも言えない嬉しさを感じさせた。


 やがてジュージューと音を立てて熱々の鉄板が到着する。満面の笑みを溢すロイの口元から、よだれが落ちて来ないかと私は心配してしまった。

 さすが王子様と言うべきか、上品な動作で肉を切り分けるとロイは口へ運び入れた。瞬間、その目が細められて幸せそうな表情が浮かぶ。

「うまい…!うますぎる…!」
「お口に合って良かったです」
「この上に乗ったバターとニンニクがなんとも言えないハーモニーを醸し出してるな!料理長と握手がしたい!」

 席を立ち上がろうとするロイをなんとか制止して、自分のプレートに乗ったハンバーグにナイフを入れる。ジュワッと溢れた肉汁は確かに食欲をそそる。

 付け合わせのブロッコリーやインゲンも野菜の甘さが感じられて美味しい。あまり一人だとこうした場所に食べに来ないので、新鮮な気持ちだった。口の中で広がる幸福の味に舌鼓を打っていると、ロイと目が合う。

「よかった、ちょっと元気になったな」

 ニコニコ笑いながら、そんなことを言うから、私はまたもや彼の腕の中で号泣したことを思い出して赤面した。

「……その節はすみませんでした」
「何言ってんだ、そのための癒しタイムだろ?」
「生身の人間よりゲームのイケメンの方がお金が掛からなくて良いです」
「でも生身じゃないと出来ないことだってある」
「それってセクハラですか?」
「いや、そういう意味ではなく…」

 妙に気不味い空気が流れたので、お互い顔を見合わせて吹き出した。

 ロイがこの世界に来て今日で三日目。
 彼が居る生活に早くも慣れ始めている自分が恐ろしくもある。寂しさを紛らわすだけの目的ならば、おしゃべりロボットでも買った方がよっぽど良い。確かな温もりを持ってそこに存在しているのに、いつか手の届かない場所へ消えてしまう王子様なんて、溶けることが決まってる魔法みたい。分かっていても、今はそれで良いと思えた。






◆お知らせ

お読みいただいている皆様、ありがとうございます。
諸事情により、更新を一日一回に変更させてください。
また、レーティングをR15に変更いたします。
過激なシーンは入って来ないのでご安心ください。

どうぞ今後とも宜しくお願いいたします。

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