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第一章 異世界からきた皇太子編
18.メイ、それはノーカウントだ◆ロイ視点
しおりを挟む小さく肩を震わせて涙を流す彼女は、泣いている時すら他人に気を遣っているようだった。鼻水を垂らすなり、勢い余って自分を叩くなりしてでも、もっと素直に気持ちを表せば良いのに。何が彼女の感情のストッパーとなっているのだろう。
こんな風にしか、自分を表現できない森永メイという人間を、ひどく不器用だと思うと同時に、愛しく思った。
しかし、癒しを提供するという名目で居候させてもらっている手前、そんな邪心を抱くのはルール違反に値する。衣食住の保証と引き換えに自分が与えるのは彼女への癒しのみ。それ以上の人間的な感情はおそらく必要とされていないし、いつこの世界から消えるか分からない自分が彼女に好意を寄せたところで、無責任にも程がある。
だから、5分間の癒しというのは丁度良かった。
長すぎず短すぎない時間の中で、自分は大義名分を得た上でメイに触れることが出来る。彼女がどう思っているのかは分からないけれど、大人しく腕の中に居てくれる様子を見るに、猫や犬的なものと一緒に居る感覚で少しは気持ちを落ち着かせてくれているのではないかと思えた。
あとは変な欲を持たずに、静かに時間が過ぎるのを待つだけ。鼻先を掠める自分と同じシャンプーの匂いであったり、首筋を流れ落ちる汗の滴に、惑わされないように。無害な大きな動物としてそばに居ればいい。
そうすれば、この安泰は続くと信じていた。
「……もう大丈夫。ありがとう、」
恥ずかしそうに目を伏せて、メイは手の甲で涙を拭った。そのまま靴を脱いでニ、三歩部屋の中へ歩みを進めた彼女は、扇風機のコードに引っ掛かって大きくバランスを崩した。
「メイ…!」
慌てて伸ばした左手が細い腰を掴む。思いのほか、引っ張られる力が強かったので、自分までそちらに転がりそうになった。片膝を突いてメイの身体を両手で支えると、右手に柔らかな感触があった。
パン生地を捏ねるようなこれは、いったい。
「………殿下、」
「あ、これは……事故というか…」
「いつまで触ってるんですか!お金を取りますよ!」
「ん?金を払えば合法的に触れるのか?」
先ほどまで泣いていた彼女は羞恥に顔を赤く染めながら身体を引き剥がす。柔らかな胸の感覚は男としてクるものはあったが、飼い主の命令は絶対なのでこれ以上を求めるべきではないのだろう。
「悪い、今のはノーカウントだ」
「当たり前です!もう、せっかく見直したのに」
「見直す?」
「貴方のこと、少しはまともなのかもって…」
勘違いでしたね、とプリプリ起こりながらエアコンのスイッチを入れるメイの横顔を見つめた。
今日遭遇した不躾な男は、彼女のどんな表情を知っているのだろう。怒った顔、拗ねた顔、呆れたように笑う顔、遠慮がちに涙を流す顔も知っているのだろうか?
自分なんかが知り得ない二人の時間を思うと、胸の奥を刺すような痛みがあった。ペットの分際で飼い主と他の男との交流に身を焦がすのは、おこがましいこと。この華奢な身体を、小さな唇を、誰がどう扱おうと、何も言う権利なんてないのだから。
一番近くに居るのに、一番遠い。
そんな関係性を選んだのは自分自身。
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