17 / 51
第一章 異世界からきた皇太子編
16.殿下、それは電車です
しおりを挟む昨日の自転車爆走でまだふくらはぎがパンパンなのと、今日は食事用の椅子を持って帰るかもしれないから、二人で電車で出掛けることにした。
寝癖直しを吹き掛けてロイの髪を整えた後、大きめのキャップを被せる。これでサングラスでも掛けたら本当にモデルみたいに見えそうだ。目立つ彼を引き連れて歩くと人の注目を浴びるので、私は極力裏方に徹するため、リネンの黒いロングワンピースを選んだ。
麦わら帽子を目深に被ってロイに声を掛ける。
「それではいざ、参りましょう」
「おお…!今日は何をするんだ?」
歩き出すと自然に握られる手を、私の方から離すのも失礼な気がして黙って歩みを進める。日曜日だからか、サラリーマン風の人は姿を消して、楽しそうに言葉を交わすファミリーやカップルの姿が目立った。
繋がれた手を意識してしまうのも変なので、これはボランティアであることを頭の中で言い聞かせる。私は道案内役、そして世話係なのだ。この我儘な王子の異世界道中のお供をさせていただく身として、しっかりせねば。
照り付ける日差しにゲンナリした顔で項垂れるロイを横目で見つつ、地下鉄の入口を目指す。
「……これは…魔法なのか?」
初めて電車に乗車したシルヴェイユ王国の皇太子の感想はそんな感じ。魔法ではないし、落ち着くように伝えると握られた手にギュッと力が入った。
「もしかして、怖いのですか?」
「馬鹿言うな。俺は皇太子だぞ」
「でも、手が……」
それっきり喋らなくなったロイは、地上に出るまで借りてきた猫のように大人しかった。
ロイの綺麗な目は電車の中の広告や乗客の姿、開閉する扉を忙しなく追っている。確かに、いきなりこんなにたくさんの情報が入って来たら少々疲れるのも無理はない。私にとって普通でも、すべてロイにとっては未知との遭遇なのだ。
「次、降りましょうね」
呼び掛けにコクリと頷いたので、手を引いて席を立った。椅子は荷物になるし、先ずはロイの服だろうか。大手ファストファッションの店をいくつか回れば、いい感じに揃いそうだ。
改札を出て、ビルが立ち並ぶ地上へ出た。
時々ロイの様子を伺いながら歩き続ける。
「お腹空きましたか?」
「…いや、あの爆弾がまだ腹の中に」
「ああ、おにぎりですね」
慣れぬことばかりで申し訳なく思ったので、昼ごはんはロイも親しみのあるものにしようと考えた。
「シルヴェイユ王国ではどんな食事をしていましたか?」
「ん?まぁ、肉やら魚を焼いたものだったり…」
「じゃあ昼はステーキにしましょう!」
「…おお!お前、良いこと言うな!」
いつもの偉そうな態度が戻ってきたので少し安心した。このやんちゃな猫はしんみりしているよりも、明るい方がずっと良い。彼が静かだとこちらの調子も狂う。
◇◇◇
何店舗か回って、これで今シーズンは乗り切れるだろうという程度の服を買った。おでこにサングラスを乗せたロイは、よほど昼食が楽しみなのか、嬉々とした顔で隣を歩く。
買った荷物はすべて持ってくれるから、シルヴェイユ王国にも紳士文化があるのかもしれない。
お手洗いに行きたい、というロイに公衆トイレでのマナーを細かく説明して送り出した。さすがに立って並ぶスタイルは彼には難しいだろうし、個室をおすすめしたけれど大丈夫だろうか。男トイレの事情を把握していないので、あとは彼の適応能力に期待するしかない。
待っている間に、良い感じのステーキ屋さんはあるかと調べていたら、頭上から声が降って来た。
「メイ?」
反射的に顔を上げて、すぐに後悔した。
とても良く知った顔がそこにはあったから。
32
お気に入りに追加
275
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる