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第一章 異世界からきた皇太子編

16.殿下、それは電車です

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 昨日の自転車爆走でまだふくらはぎがパンパンなのと、今日は食事用の椅子を持って帰るかもしれないから、二人で電車で出掛けることにした。

 寝癖直しを吹き掛けてロイの髪を整えた後、大きめのキャップを被せる。これでサングラスでも掛けたら本当にモデルみたいに見えそうだ。目立つ彼を引き連れて歩くと人の注目を浴びるので、私は極力裏方に徹するため、リネンの黒いロングワンピースを選んだ。

 麦わら帽子を目深に被ってロイに声を掛ける。

「それではいざ、参りましょう」
「おお…!今日は何をするんだ?」

 歩き出すと自然に握られる手を、私の方から離すのも失礼な気がして黙って歩みを進める。日曜日だからか、サラリーマン風の人は姿を消して、楽しそうに言葉を交わすファミリーやカップルの姿が目立った。

 繋がれた手を意識してしまうのも変なので、これはボランティアであることを頭の中で言い聞かせる。私は道案内役、そして世話係なのだ。この我儘な王子の異世界道中のお供をさせていただく身として、しっかりせねば。

 照り付ける日差しにゲンナリした顔で項垂れるロイを横目で見つつ、地下鉄の入口を目指す。



「……これは…魔法なのか?」

 初めて電車に乗車したシルヴェイユ王国の皇太子の感想はそんな感じ。魔法ではないし、落ち着くように伝えると握られた手にギュッと力が入った。

「もしかして、怖いのですか?」
「馬鹿言うな。俺は皇太子だぞ」
「でも、手が……」

 それっきり喋らなくなったロイは、地上に出るまで借りてきた猫のように大人しかった。

 ロイの綺麗な目は電車の中の広告や乗客の姿、開閉する扉を忙しなく追っている。確かに、いきなりこんなにたくさんの情報が入って来たら少々疲れるのも無理はない。私にとって普通でも、すべてロイにとっては未知との遭遇なのだ。

「次、降りましょうね」

 呼び掛けにコクリと頷いたので、手を引いて席を立った。椅子は荷物になるし、先ずはロイの服だろうか。大手ファストファッションの店をいくつか回れば、いい感じに揃いそうだ。

 改札を出て、ビルが立ち並ぶ地上へ出た。
 時々ロイの様子を伺いながら歩き続ける。


「お腹空きましたか?」
「…いや、あの爆弾がまだ腹の中に」
「ああ、おにぎりですね」

 慣れぬことばかりで申し訳なく思ったので、昼ごはんはロイも親しみのあるものにしようと考えた。

「シルヴェイユ王国ではどんな食事をしていましたか?」
「ん?まぁ、肉やら魚を焼いたものだったり…」
「じゃあ昼はステーキにしましょう!」
「…おお!お前、良いこと言うな!」

 いつもの偉そうな態度が戻ってきたので少し安心した。このやんちゃな猫はしんみりしているよりも、明るい方がずっと良い。彼が静かだとこちらの調子も狂う。



 ◇◇◇



 何店舗か回って、これで今シーズンは乗り切れるだろうという程度の服を買った。おでこにサングラスを乗せたロイは、よほど昼食が楽しみなのか、嬉々とした顔で隣を歩く。

 買った荷物はすべて持ってくれるから、シルヴェイユ王国にも紳士文化があるのかもしれない。

 お手洗いに行きたい、というロイに公衆トイレでのマナーを細かく説明して送り出した。さすがに立って並ぶスタイルは彼には難しいだろうし、個室をおすすめしたけれど大丈夫だろうか。男トイレの事情を把握していないので、あとは彼の適応能力に期待するしかない。

 待っている間に、良い感じのステーキ屋さんはあるかと調べていたら、頭上から声が降って来た。


「メイ?」

 反射的に顔を上げて、すぐに後悔した。
 とても良く知った顔がそこにはあったから。


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