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第一章 異世界からきた皇太子編

11.殿下、それは自転車です

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 質の良い睡眠を久しぶりに取った。
 目を開く前に気付いたのは、身体が軽かったから。

 何処からか聞こえる鳥のさえずりを聴きながら、ググッと腕を上に大きく伸ばしながら寝返りを打つ。そこで僅か10センチほど先の場所にある見知った顔を発見した。


「………なんで居るかな…」

 呆れて叫ぶことも出来ない。この無遠慮な同居人はまたもや人肌の温もりというものを求めてやって来たようで、私は物音を立てないようにベッドから降りて健やかなその寝顔を見下ろした。

 本当に無駄に顔だけは良い。

 数ある乙女ゲームに時間とお金を割いてきた私だけれど、間違いなく攻略対象に選ぶであろう造形美。王道の金髪に目が醒めるようなオーシャンブルーの瞳。スラリと伸びた手脚はムカつくぐらい彼のスタイルを良く見せている。

 異世界から来た皇太子という意味不明な設定さえなければなぁ、と残念がっても無駄な話。その変な設定のおかげで私は今こうしてお世話係として側に居るわけだし。

(それもまあ、今日までか……)

 本気でロイの帰り方を模索する。図書館でも占いの館でも、出来ることはするつもりだ。どうにかして元の世界に戻して、彼自身を、そして彼のことを大切に思う周囲の人々を安心させてあげなければ。

 我ながら珍しく燃え上がる正義感に、空回りしないようにと気を引き締めた。


 気怠そうな雰囲気を纏ったロイがベッドから起き上がってきたのは11時を少し過ぎた頃だった。私は用意した朝食を皿に載せて出しながら「おはよう」と声を掛ける。

「おう……まだ寝足りないな…」
「いつまで起きてたんですか?」

 尋ねつつ昨日の記憶を探る。確か、中華を食べてお腹を膨らませた後、歩いて帰る道中のコンビニで酒類を仕入れた。最後の夜だからと色々食べたり飲んだりしたことは覚えている。

 化粧も落とさず眠りこけてしまっていたから、おそらく私は途中でリタイアしたのだと思う。だけれど、この自称皇太子はいったい何故こんなにも寝坊助をかましているのか。

「もしかして一人でアニメオール……?」
「観てない。俺にも事情があるんだよ」
「どんな事情?」

 溜め息を吐くロイを追求すると、フイッと視線を逸らして口笛を吹きながら洗面所へ向かってしまった。なんだそれは。

 怪しい行動に疑問を抱くも、確かめようはない。おそらく深夜のえっちな番組を見ていたとか、こっそり課金して新作映画を観てしまったとか、そういう感じだろう。再び戻って来たロイに厳しい視線を向けつつ、早く食べるように促した。


「ロイさん、今日は自転車に乗ります」
「じてんしゃ……」
「色々回りたい場所があって、電車と徒歩だと疲れるので、とりあえずレンタサイクルしましょう」
「れんた…何だって?」

 聞き返すロイを放置して自分の食べた皿を洗いに掛かる。ロイが起きて来る前にネットで検索は掛けた。どこをどう探しても出て来るのは「転生したら〇〇でした」系の小説や漫画ばかり。転生者の帰り方なんて馬鹿真面目に探しても見つかりそうもなかった。

 とりあえず、先ずは図書館、それがダメなら神社とか教会とかもう何でも良いから超常的な存在頼み。最終的に占い師に頼っても良い。乙女座という情報は得ているから、あとは手相とか生年月日で何とかならないだろうか。

 ゆで卵をモソモソと食べるロイの頭には簡単に取れそうもない寝癖が付いている。日差しも強いのでキャップでも貸そうかと思案しながら鞄に持ち物を詰めた。


 ◇◇◇



「…これが…自転車?」
「そう。ロイさんは初心者なので転ぶ心配もあるし、ヘルメットも借りましょう」
「へるめっと……?」

 家の近くにある自転車屋さんが自転車の貸し出しを行なっていることを知ったのはごく最近の話。たまたまパンクした自転車を持ち寄った店は、小さいながらも地域に根差した商売を行っているようで、好感が持てた。

 始めたばかりというレンタサイクルも、一日500円という良心的な価格で有難い。プラス料金でヘルメットも貸し出し可能というサービス付き。

 顔を引きらせながら、恐る恐るシートに腰を下ろし、ペダルに足を置くロイを店主の老人と共に見守る。転ぶのではないか、という心配を他所に、ロイは足を踏み込んでスイスイと数メートル進んだ。

「……ほう!お兄ちゃん筋が良いねえ!」

 驚きと喜びを滲ませる店主に対してロイは得意げな顔をしていた。私はこれも便利なスキルセットの一つなのではと疑いながら、自分の自転車に跨る。

 信号や走行する上でのルールを簡単に説明すると、ロイもきちんと集中して聞いてくれた。どうやら問題なく走り出せそうなので、人混みの少ないルートを選んで行ってみることにした。

 土曜日ということもあり、家族連れやカップルがいつもより多く感じる。ベビーカーを押す夫婦、それぞれが喋りながら並んで歩く家族御一行を追い抜きながら、その眩しい景色に私は目を細めた。


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