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第一章 異世界からきた皇太子編

10.メイ、それは悪酔いだ◆ロイ視点

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 森永メイと名乗る女の家に転がり込んで二日が経った。

 初めこそ、堅物な彼女の態度にムッとすることは多かったが、居候の身ゆえ家主に従わなければいけないということは理解できた。他に頼れる人もおらず、行く宛もない今はメイだけが頼りなので仕方がない。

 しかし、これはどうしたものか。


「ねえロイ~~家ではなんて呼ばれてるの?」
「まあ、殿下とか王子と呼ばれているが…」
「でんか!でんか~~」

 ふふっと楽しそうに口元を押さえて笑う姿に驚いた。昼間は地獄の門番のような顔で仕事をしている彼女が、アルコールを飲むことでこんなに変貌するとは。この世界の酒類はもしかすると、恐ろしい成分が含まれているのではないかとギョッとしながら品質表示を確認する。

 しかし、特に酒の鋳造に詳しいわけでもないので、文字が読めたところでその違うが分かるほどでもない。アルコール成分がより高いビールを飲んだ自分に変化がなく、彼女だけがベロンベロンになっていることから、おそらく耐性の違いなのだろうと納得した。

「でんか、ねえってば~」

 上を向いて駄々を捏ねるメイの身体はズルズルと滑ってもう頭が床に着きそうになっている。

 相変わらず一脚しかない椅子に自分が座って彼女を立たせるのは申し訳なかったので、今日は床に皿を直置きでお互いソファーに持たれて晩酌をしていた。

「メイ、頭をぶつけるぞ」
「でんか…もう帰っちゃうの…?」
「どこへ?」
「シルベーヌ王国へ…」
「シルヴェイユ王国のことか?まあ、戻れるならな」

 果たして戻る方法などあるのだろうか。

 両親や友人の姿を頭の中に思い浮かべながら、彼らは行方をくらませた自分のことを大層心配しているだろうと思った。仮にも自国の王子が消えたのだ。メイが言っていたように死んだのではなく、神隠しのようにこの世界に飛ばされたのだとしたら、どこを探しても見つかるはずはない。

 無理をして結婚相手を見に行こうとした罰が当たったのだろうか。変装の目的で被ってきた帽子は元いた世界に落として来たのか見当たらなかった。

 考え事に沈み込んでいたら、Tシャツの袖がギュッと引っ張られた。目をやるとメイの白い手がその先を握っている。


「メイ?」

 俯いた顔を覗き込む。先ほどまで、酔っ払いのハイテンションでケラケラ笑っていた彼女は、急にシュンとした様子で黙りこくっていた。

「………ないで、」
「え?」
「一人に…しないで」

 向けられたのは、泣き出しそうに揺れる瞳。
 それは、初日の風呂上がりに自分の頭をガシガシ拭いた荒っぽい態度や、割れたグラスを拾い集めるキツい顔からは想像もつかないぐらい弱々しい姿だった。

 一人で自立した生活を送る彼女を素直にすごいと思っていた。シルヴェイユでは女性が一人で暮らすなんて考えられないことだ。みんな我先にとパートナーを見つけて安定した暮らしを手に入れる。結婚したらあとは家を守って夫の尻を叩くだけ。叩かれる側の自分達からすると堪ったものではないけれど、結婚に対して掛ける彼女たちの意気込みは男たちも周知の事実だった。

「ロイ、一人にしないで…」
「………っ」

 寂しさ故の言動だとは分かっていた。きっと、拾ったのが捨て猫や犬だったなら、彼女はそれらに餌を与えて可愛がるのだろう。そして、涙を流して別れることを惜しむのだ。

 そう、自分じゃなくても良い。
 そんなことは百も承知。

 僅かに熱を持った頬に手を添えた。そっと閉じられる瞼は彼女もこれから起こることに抵抗を示していないのではないかと勘違いさせる。

「メイ…大丈夫だ、明日には忘れている」

 震える身体を抱き寄せた。

 この、ひどく強がりで頑張り屋の彼女を少しの間慰めるぐらい許されるだろうか。明日になれば、自分が元の世界に戻れば、また彼女は孤城の主となって生きて行かなければいけない。それならば、今だけは腕の中で休ませたいと思った。

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