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第一章 異世界からきた皇太子編
09.殿下、それは缶酎ハイです
しおりを挟む「ちゅうはい……?」
「はい。どれが良いですか?というか、お酒って飲めますか?」
「まあ飲酒は問題ないが…酎ハイとは…」
「焼酎をジュースで割ったものです」
「焼酎……?」
ものは試し、と一本開けて注いで見せる。
シュワシュワと小さな泡を上げながら薄いピンク色の液体がグラスを満たした。ダイアモンドストロベリーという可愛らしい名前に惹かれて買ってしまったけれど、あまり男性向けではないかもしれない。
ロイはじっとその様子を見届けると、グラスを手に持ってスンスンと匂いを嗅いでいる。私は固唾を飲んで、その薄い唇に淡い色の液体が流れ込むのを見守った。
「……どうですか?」
「ゲロ甘だな」
「ゲロ甘?」
「これはジュースだ。酒ではない」
ムスッとした顔でロイは私にグラスを突っ返す。
「お前も飲んでみたら分かる」
「え、いや私は…」
それって間接キッスじゃないですか。喉元まで出かかったツッコミを押し戻して、とりあえずグラスを受け取った。ロイが見つめる前で口を付けてみる。
なるほど、確かに非常に甘い。
「お子ちゃま向けですね。勿体無いので私が飲みます」
「じゃあ俺は他のを貰うことにしよう」
ガサゴソと袋を漁るロイはどうやらお目当てのビールを発見したようだった。絵柄でビールと分かったのだと思うけれど、果たして酎ハイをジュースと言い切るロイにこの世界のビールは合うのだろうか。
ビールをグラスに開けて、私はゲロ甘と称される酎ハイの入ったグラスを手に持つ。勧める前にロイもグラスを取ったので、どちらからともなく近付けて乾杯した。
「おお!悪くない…!」
素直に美味いと言ってほしいところだが、お気に召したようで安心した。口の上に白い髭を乗せた王子をぼんやりと眺めながら、明日のことを考える。
異世界なんて漫画や小説の中だけの話だと思っていたけれど、本当にあっただなんて驚きだ。ロイはどうやって元の世界に戻れば良いのだろう。踵を鳴らせば移動できる魔法の靴があるわけでもないし、世界が違うとなれば難しい。
「ロイさんは…この世界で目が覚める前は何をしていたんですか?」
「うん、良い質問だな。俺は親同士が決めた政略結婚の相手を盗み見るために、変装して自室の窓から飛び降りようとしていたんだが……」
「……はい?」
既にオチが読めてしまい思わず聞き返してしまう。
「だから、窓から壁伝いに降りようとしたんだ。そうしたら足を滑らせて気付いたらこの家の前に居た」
「それって生きてるんですか?」
「おま…!怖いことを言うな!」
「だって、落下したんでしょう?それは死んで異世界に転生したパターンなんじゃ……」
作り話の中の異世界転生の流れはだいたい、列車に引かれるとか、不慮の事故的なことが原因である可能性が高い。ロイは顔を青くしながら私に詰め寄った。
「触ってみてくれ!俺は幽霊なんかじゃない」
あまりの気迫に押されて、そろりと頬に触れる。
確かな温度を持った肌の上を指が移動すると、ロイはくすぐったそうに目を閉じて首を竦めた。私はまた心臓が大きく跳ねる感覚を覚える。
「……そうですね、生きてるみたいです」
「みたい…?」
「いえ、生きてます。確かにここで」
安心したように笑うロイから目が離せなかった。たった二日一緒に居ただけなのに情が移ってしまうようでは、猫なんて到底飼えそうにない。私は苦笑しながら、再び元に戻る方法を考えることに集中した。
親同士が決めたといえど、ロイには運命の婚約者が既に居るのだ。こんな場所で時間を無駄にしているわけにはいかないだろうし、早く帰してあげたい。きっと名も知らぬどこかの令嬢も行方不明になった皇太子を探しているはず。
「そういえば、貴方が消えたことでシルヴェイユ王国はパニックになったりしてないのでしょうか?」
「……どうだろうな。両親や側近は心配しているだろうが…あまり前例のあるケースではないから分からない」
もしかして、ラーメンを啜っている場合ではなかったのでは。帰るのを惜しんでいたけれど、彼に危機感的なものはないのだろうか。
もしも、ずっと戻れなかったらーーー
「ところで、こんなことを聞くのはどうかと思うが…」
「なんですか……?」
神妙な面持ちで問い掛けるロイの青い瞳を見つめる。
「お前が買ったつまみを開けても良いか?」
「は?」
「ほら、さっき店で買ってただろう。あの小さいピーナッツと何かを混ぜたようなアレだ」
「……ああ、柿の種ですね」
何か重大なことを聞かれるのかと思って身構えてしまったので、私は肩の力を抜きながら皿の上に柿の種を出してあげた。ロイは指先で一つ摘むと口に放り込む。
「ん!イケるな…!」
バクバクと次々にあられを口に入れるロイが、私よりもこの世界に馴染むのはそう遠くない気がする。問題は彼がまったりと異世界道中を楽しめずに早く戻る必要があるということ。
少しだけ寂しいと思う気持ちを甘いお酒で流した。
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