上 下
2 / 51
第一章 異世界からきた皇太子編

01.殿下、それはのり弁です

しおりを挟む


ーーー拝啓、

ーーーお父さん、お母さん、お元気ですか?私は今日も仕事でクタクタです。最近では料理をする気力も湧かなくて、コンビニ弁当に助けられています。正直、一人前の手料理を作るより弁当を買った方が安いという事実に気づいてから料理をするのが馬鹿馬鹿しくなりました。こんなことを言うと、お母さんには呆れられるかもしれませんね。さて、もっと呆れられることが実は今、現在進行形で起こっています。帰宅すると、私の家の前で見知らぬ男が倒れているのです。これは叩き起こして警察に突き出すべきなのでしょうか?


「………あの、」

 伸ばしかけた手を止める。
 ガッデム。夜ごはんのため、弁当を買いに家を出たのが30分ほど前。戻ってくると家の前で他人が眠っている。スラリとした長身に金髪、まぁ、かなり綺麗な顔立ちはしていると思うが問題は服装だ。白タイツに腕がポワンと膨らんだ王子様ルック。成人男性の白タイツがこんなに厳しいとは思わなかった。罰ゲームコスプレだろうか。何れにせよ、こんな場所で眠られると私は中に入れないし、他の住人が通り掛かって知り合いだと思われることも避けたい。

 勇気を出して、その肩を叩いた。

「すみません…起きてください」

 長い睫毛が少し震える。
 本当にもう少しまともな服装をすれば、彼もそれなりに見えるのかもしれない。そんな失礼なことを思いながら観察していると、勢いよく瞼が開いて青い目が覗いた。

「………お前…誰だ!」

 その台詞をそのまま返したい、十倍ぐらいのボリュームで。どちらかというと完全にその台詞は私のためにある。

「森永メイです。ここは私の家なので、そこで眠るのはやめてください」
「なんだと……!?」

 男はフラフラと立ち上がって自分が座っていた場所を振り返る。ミントグリーンに塗られた扉を眺めた後、ショックを受けたように辺りを見回す。酔っ払って道に迷った結果、人様の家の前で眠りこけたオチだろうか。

「この建物を出て、右に真っ直ぐ行くと交番があります。もし迷子とかそういう類なら警察に話してください」

 それでは、と鍵を解錠して颯爽と部屋に入ろうとしたところ、扉の隙間に男の手が滑り込んできた。咄嗟に引いた扉は容赦なく男の手を挟む。

「痛ぇ!!」
「離れてください!警察呼びますよ!」
「ケーサツとはなんだ!?」
「待って、怖い怖い、帰ってください!」
「この扉を開けろ!俺は皇太子だぞ!」

 めっちゃヤバいやつじゃん。
 皇太子というパワーワードに思わずドアノブを握る力を緩めたら、白タイツ男はチャンスとばかりに扉を開けて玄関へ入って来た。

「ぎゃー!本当に犯罪ですよ!出て行って!」
「俺は怪しいものじゃない」
「怪しさしかないんですが!」
「お前以外に下女は居ないのか?」
「下女?私はこの家の持ち主です」

 キョロキョロと部屋の中を見回していた男は急にお腹を抑えて座り込む。

「………腹が…減った」
「え?」
「何か食わせてくれ」

 図々しさに絶句する。
 不法侵入してきて食べ物を要求するやばい男。見たところ武器も持っていないようだし、ここは穏便に済ますために食べ物を提供して帰ってもらうべきだろうか。しかし、食べ終わった後に襲われでもしたらどうする。

「貴方は安全な人ですか…?」
「俺はシルヴェイユ王国の皇太子だ」

 だめだ、喋れば喋るほどヤバさしかない。
 でも、もしかすると頭が可哀想なだけかもしれなし、刃物を振り回したり暴れ回ったりされるよりはマシだ。

「分かりました。私の今日の晩ごはんの、のり弁を提供するのでどうかお帰りください」
「………のり弁?」
「どうぞ」

 手に持ったビニール袋を男の方へ押し付ける。
 もうそれを持って帰ってほしいところだが、袋の中を覗いて弁当を取り出す彼はどうやらここで食べ始める気らしい。

「……食べるなら椅子に座ってください」
「ああ、悪いな。飲み物も頼む」

 一脚しかない私用の椅子に当然のように座りながら、飲み物まで頼んでくる。私は呆れ返りながら戸棚からグラスを二つ取り出して、冷たい麦茶を注いだ。

 弁当を前に微動だにしない男の前にグラスを置く。

「フォークがないんだが」
「……今出しますね」

 どうして不法侵入してきた男を私は客人のようにもてなしているのか。若干のイラつきも感じ始めたが、何よりも早く帰ってもらうことが優先事項だ。

 フォークと念の為ナイフも渡してやると、男は恐る恐る白身魚のフライを一口食べて目を輝かせた。

「うまい!」
「それは良かったです」

 私はグーグー鳴るお腹をさすりながら、嬉々とした表情で弁当を口に運ぶ男を見守った。さぞかし空腹だったのだろう、男はものの5分も経たないうちに全てを平らげてしまった。

「めちゃくちゃうまかった。どこの料理人が作った?」

 誰もが知っている大手弁当チェーンの名前を述べると、男は「知らないな」と言いながら首を捻る。そのままグラスに手を伸ばして麦茶を飲むと、思いっきり噴き出した。

「何するんですか!汚い!」
「おま、これ、ブランデーじゃないぞ!?」
「ブランデーなんて言ってませんけど!?」

 慌てて箱ティッシュを手渡しながら、タオルを探す。どうしてブランデーがこのタイミングで出てくると思ったんだ。のり弁を肴にして酒を飲むなんて聞いたことない。

 苦い顔をして麦茶を溢す男の口元にもタオルを押し付ける。フガフガ抵抗していたが、これ以上部屋を汚されては困るのだ。

「よくも俺を騙したな!」

 憤慨したとばかりに仁王立ちする男を見て目眩がした。
 精一杯のもてなしをして、この返し。恩知らずというか世間知らずというか。おそらく両方を併せ持ったハイブリッドタイプなのだと思うけれど、関われば関わるほど疲れる。

 部屋に入れたが運の尽き。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...