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45 皇帝と王妃

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「それにしても、ちょっと理解が追い付かないわ。情報のアップデートが必要なんだけど、貴女ったら帰ってからというものずっと陛下に囲われっぱなしで私が話す時間もないんだから!」

 起こったようにプンッと口先を尖らせるジャスミンにオリヴィアは片手を胸の前で立てて「ごめんごめん」と謝る。日々は慌ただしく過ぎて、持ち前の我の強さでオリヴィアとの結婚を家臣たちに認めさせた皇帝は、やっとのこと気持ちが落ち着いたのか、最近では職務に追われている。

 オリヴィアが恐れていた妃教育に関しても「急ぐことではない」という言葉に甘えて、指導の担当者とスケジュールを立てて取り組むことになった。なにぶん平民の出なので学ぶことは多いのだけど、時折こうして息抜きに厨房に立たせてもらえるので、なんとか今日も自分を奮い立たせている。

「ねぇ、このマフィンも焼いたら陛下に渡すの?」

「えっ!? えぇ、まぁ……」

「ふぅん。なんだかんだ言って上手く行ってるのね~ 初めて結婚のことを聞いた時は驚いたけど、陛下の秘めた想いもとうとう実を結んだのね」

 訳知り顔でうんうんと頷くジャスミンに、オリヴィアは思わず泡立て器を動かす手を止める。

「秘めた想い………?」

「あら?知らなかった?あらゆることに無関心な皇帝陛下がオリヴィアを見る時だけはちょっと違う顔をするのよ。スザンナなんかは嫉妬で貴女にキツく当たってたんでしょうねぇ」

「初耳よ!知ってたなら教えてほしかった!」

「言ったところで信じないでしょう?オリヴィアってば料理にしか興味が無さそうだったし、用も無いのに陛下が厨房の窓からよく覗いてたの気付かなかったの?」

「そうね、まったく………」

 絶句するオリヴィアの後ろでガラッと扉を開く音がする。目を向けると、噂の渦中にある人物が顰めっ面で仁王立ちしていた。

 壁に掛かった時計に目を向ける。
 時刻は午後二時を回ったところだ。

「陛下!まだ時間ではないですよね?」

「話がある。少し外せるか?」

 オリヴィアはジャスミンに断って、身に付けていたエプロンを脱ぐ。パタパタと皇帝の方へと近寄ると、厨房を去る際にしたり顔のジャスミンが見えた。

 通る道で気付いたけれど、どうやらネロの私室に向かっている様子。待ち合わせは三時だったはずだけど、何か緊急で用事が出来たのだろうか。


「陛下……?急ぎの話でしょうか?」

 そろりと見上げてみると勢い良く伸びて来た二本の腕に抱き竦められる。

「疲れた。脳が焼き切れそうだから休憩だ」

 見れば、確かにネロの机の上には山ほどの書類が積まれている。話には聞いていたけれど、オリヴィアが王宮を去ってから一週間程度、鉄仮面の皇帝がまったくと良いほど仕事が手に付かなかったというのは本当らしい。

「………お疲れ様です」

 オリヴィアにはゆっくり学べば良いと言いながら、ネロ自身は多忙を極めているようなので申し訳なくなる。手の届く場所に沈んだ白い頭を遠慮がちに撫でてみると、くすぐったそうに笑って手を引かれた。

 スンとネロの鼻がオリヴィアの手のひらの匂いを嗅ぐ。

「甘い香りがするな。菓子か?」

「あ、はい。おやつにマフィンをと……」

「いただこう」

 そのまま軽々とオリヴィアを抱き上げると、皇帝は椅子の方へと歩み寄る。嫌な予感がして慌てて手脚をバタつかせた。

「陛下!?そろそろ戻らなければいけないのです、オーブンの余熱が終わる頃なので、」

「大丈夫だ。もう一度熱し直せば良い。ところでお前はいったいいつになったら俺のことを名前で呼ぶようになるんだ?」

「す、すみません、慣れなくて……!」

 皇帝は歩みを止めてオリヴィアの身体を椅子の上に下ろす。見上げた先にある青い双眼には、緊張した面持ちの自分が映っていた。

 パチッと瞬きをした瞬間に唇が重なる。

「オリヴィア、慣れろ。これが新しい日常だ」

「………っ!」


 拝啓、お父さん、お母さん。
 やはり恋は料理よりも難しいようです。




 End.





◇ごあいさつ

これにて完結です。ご愛読ありがとうございました。
五万字を過ぎたあたりから意識が朦朧として何を書いてるのかよく分からなくなって来たんですが、なんとかまとまっていたら良いなと思います。

以前書いて別サイトで載せていたお話を今日から連載しています。魔王の夜伽になる話で、こちらは完結済みなのでサクサク進めます。

すけべな話を立て続けに書いた結果、胸焼けしたので、今は闘うヒロインのお話を書いています。

最後に。

関係ないのですが、会話文を一行空けするかどうか非常に悩んでます。どちらが読みやすいんでしょう…… 最近のは意識して空けてるのですが(魔王の夜伽は結構前なので詰まってます)、読みにくいなどあれば教えてください~

ではでは。

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