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43 おかえりなさい
しおりを挟む王都から車で二時間と少し。
見慣れた景色に目を走らせながら、開けっ放しの窓からオリヴィアは大きく息を吸う。夏の日差しを浴びてツヤツヤと光る木々の緑がどこまでも広がるのを見ると、今までのことは全て嘘のようで。
変わらぬ小さな家は、以前一階でレストランをやっていたこともあって外にはまだ錆びた看板が残っていた。雨に打たれてすっかり文字が読めなくなってしまった看板を見上げて、目を細める。
(………とうとう帰って来たのね)
明かりが灯っているから家には居るようだ。
拳を握ってオリヴィアは扉を叩いた。
「はぁい~!」
明るい声と共に姿を現したのは母であるドイリー。その穏やかな雰囲気は変わらないものの、ふっくらしていた頬は少し痩せて、背は縮んだように思えた。
ヘーゼルの瞳がオリヴィアを捉えて大きく見開かれる。「あらあらあら!」と両手を広げて驚いた素振りを見せ、すぐに二本の腕が伸びて来た。
「オリヴィア!帰って来たのね……!」
「ただいま、お母さん。ごめんなさい急に…」
「いいのよ~全然いいの!父さんも母さんも暇だし、今日はお父さんも調子が良くてね、久しぶりに包丁を握ってみようかって、」
そこまで話して、急に母ドイリーはハッとしたように黙り込んだ。ピリッとした緊張感がオリヴィアの元まで伝わって来る。その理由は分かっていた。
「えっと……こちらは……?」
慌てて身体を引き剥がして跪こうとする母を、ネロの手が制止した。「その必要はありません」と続ける声は、心なしかいつもより小さく感じる。
「どっ……どうして皇帝陛下がここに?もしかして、娘が何か問題を起こしたのでしょうか?オリヴィアは料理好きな良い子です、何か陛下の気に障ったのならばどうぞ親である私を、」
「違うの、お母さん!」
「心配には及びません」
混乱する母に呼び掛けたところ、ネロの声が重なった。未だにオロオロと目を泳がせる母ドイリーの前でネロが片膝を地面に着ける。
お召し物が汚れます、と気が気でない母とその緊張が伝染して鼓動が速くなったオリヴィアを交互に見比べて、皇帝はわずかに頬を緩めた。それは久しぶりに見るネロの笑顔だった。
「此処へ来たのはオリヴィアの提案です。こうして見ると本当によく似ていますね、オリヴィアの優しさはきっとお義母様譲りなのでしょう」
スラスラと出てくる言葉にギョッとする。
あの鉄仮面で冷静沈着な愛想のない皇帝が、ただの平民である母に向かってこんな風に話し掛けるとは。いや、あの態度を貫かれても困るけども、彼はこういった社交性も持ち合わせているのか。
母も母で、自国の皇帝が娘を叱責しに来たのではないと理解したようで、安堵したように胸を撫でていた。間近で見るネロの顔の良さゆえか時折嬉しそうに頬を染めながら会話している。
「えっと……それではどうして、わざわざこんな田舎に?小さくて素敵な街ですが、陛下をご案内出来るような場所とは……」
「はい。今日は結婚の許しを得に来たのです」
「けっ………?」
ドイリーは文字通り口を開けて固まった。
その目はネロを見つめたまま三度瞬きを繰り返した後、隣に立つオリヴィアを見つめる。事情を説明してほしいと二つの双眼は強く訴えていた。
「あ……あのね、これはつまり……」
しかし、オリヴィアが説明を始めようとしたまさにその時、母の後ろに伸びる階段の上で何やら大きな物音がした。バンッと扉を乱暴に開ける音と共に荒々しい足音が続く。
背中をひやりとしたものが走った。
脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。
「たわけが!どこの馬の骨か分からん男にオリヴィアは渡さん……!」
その太い声は小さな家を揺らし、壁に掛けていた丸い時計を落下させた。恐る恐る見上げた視線の先にオリヴィアは真っ赤な顔して拳を握った父の姿を見た。
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