上 下
40 / 45

40 仮初

しおりを挟む


 いつの間にやらオリヴィアは眠っていた。

 慌てて窓の外に顔を向けると、カーテンの向こうの空はまだ暗い。どうしてこんなに変な時間に目覚めたのか、と疑問に思ったところで、自分の身体をギチギチと抱き締める太い腕が目に入った。

 恐る恐る振り返ってみると、皇帝はスヤスヤと満足そうな顔で眠っている。一週間の間に溜め込んだ色々な気持ちをネロは全身で伝えてくれたものの、後半はほとんどオリヴィアの記憶にない。

(………変な人)

 呼吸に合わせて上下する肩を眺めて、白い髪に手を伸ばす。上品な猫のような珍しい毛色は、月明かりの下でも美しく輝く。

 そろりそろりと気を付けて撫でていたつもりが、三往復ほど手を動かしたところでパッと青い双眼が開いた。


「ひょっ……!」

「なんだ?」

 まだ意識が覚醒していないのか、半ば夢の中のような顔でネロがオリヴィアの手を掴む。慌ててオリヴィアは状況の説明をするために口を開いた。

「ごめんなさい、起こしちゃいましたか?気持ち良さそうに眠っていたので、つい髪を撫でていただけです。お邪魔したなら謝ります……!」

「いや、邪魔では………」

「まだ夜も明けていないですし、もう一眠りしましょうか!ではでは、おやすみなさい……」

「オリヴィア、」

 これは皇帝が本格的に目覚める前に再度眠ってもらうに限ると誘ってみたものの、どうやら相手は会話の続きを求めているようだった。

 尚も強く巻き付く腕の中でオリヴィアは小さく返事を返す。「ちょっと苦しいです」と申告すると、少しだけ力は弱まった。


「お前は今日……何者でもない、そのままの俺を所望した」

「………? えぇ、はい…」

「実は不安だったんだ。誰かに成り切ることで今までは自分と切り離して考えていたから……偽ることのない姿で挑んだのは新鮮だった」

「切り離す……?」

 オリヴィアは思わず聞き返す。

 ネロがいったい何故シチュエーションプレイに目覚めたのか、その真相を彼は今語ろうとしているのだろうか。突然始まった話にどんな顔をすれば良いか分からない。

 皇帝は再び押し黙って、時折言葉を探すように短く唸った。身体を包み込む腕の力がまた強くなる。


「本音を言うと、怖かった」

「………え?」

 恐怖、それはネロとは無関係に思われる言葉。
 オリヴィアは思わず息を呑んだ。

「お前も知っての通り、皇太后は俺を恨んでいる。父もきっとあの世で呆れているだろうな。残してきた息子と妻が歪み合っているんだから」

「しかし、それは……」

「俺の問題でもあるんだ。あの人が自分に明確な敵意を向けていると気付いて以降、俺は彼女を避けるようになった。先代が好んで設けていた家族の時間も減らして、極力目に入れないでおこうと努めた」

「………、」

「そうすれば気分はいくらか楽になった。出生と同時に母を殺し、実の父が死んでも尚平然と生き続ける自分から目を逸らすことが出来た」

「……っ、貴方のせいではないわ!」

「俺は自分で居ることが嫌だったんだ……しかし、皇帝がそんな戯言を言うわけにはいかない。常に厳粛に、冷静に。求められる姿を演じないと、」

「………ネロ、」

 オリヴィアは胸の前で交差する二本の腕に顔を近付けて目を閉じる。後ろに居るネロの顔までは分からないものの、彼の身体はわずかに震えていた。


「くだらないだろう? 性癖なんかじゃない。俺は弱い自分から逃げたくて、ただ、誰かになりたかっただけなんだ」

 王宮を去る前日に見たネロと皇太后の姿を思い浮かべる。夫を亡くした皇太后の深い悲しみも理解出来る。だけれど、向けられる憎しみから目を背けたくなるのはきっと、当然のこと。

「………話してくれて、ありがとうございます」

 皇帝は何も答えなかった。
 オリヴィアは温かい腕に包まれてもう一度眠った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

執着系皇子に捕まってる場合じゃないんです!聖女はシークレットベビーをこっそり子育て中

鶴れり
恋愛
◆シークレットベビーを守りたい聖女×絶対に逃さない執着強めな皇子◆ ビアト帝国の九人目の聖女クララは、虐げられながらも懸命に聖女として務めを果たしていた。 濡れ衣を着せられ、罪人にさせられたクララの前に現れたのは、初恋の第二皇子ライオネル殿下。 執拗に求めてくる殿下に、憧れと恋心を抱いていたクララは体を繋げてしまう。執着心むき出しの包囲網から何とか逃げることに成功したけれど、赤ちゃんを身ごもっていることに気づく。 しかし聖女と皇族が結ばれることはないため、極秘出産をすることに……。 六年後。五歳になった愛息子とクララは、隣国へ逃亡することを決意する。しかしライオネルが追ってきて逃げられなくて──?! 何故か異様に執着してくるライオネルに、子どもの存在を隠しながら必死に攻防戦を繰り広げる聖女クララの物語──。 【第17回恋愛小説大賞 奨励賞に選んでいただきました。ありがとうございます!】

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...